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2017/12/27

原民喜作品集「焰」(恣意的正字化版) 蠅

 

 

 

 秋も大分深くなつて、窓から見える芋畑もすつかり葉が繁つた。田中氏は窓際の机に凭つて朝食後の煙草を燻(くゆら)して、膝の上に新聞を展げてゐた。さうしてゐると、まだ以前の習慣が何處かに殘つてゐるやうで、出勤前のそはそはした氣持になるのだつた。

 今、湯殿では妻が洗濯してゐる音が聞える、彼は不意とその方へ聲が掛けたくなる衝動を抑へて、靜かにぢつと耳を澄ました。すると氣の所爲か、妻は時々何か思案しながら洗濯してゐるやうに思へる。妻が何を考へてゐるのか、田中氏にはぼんやり解るやうな氣もした。さう云へば二十と何年も一緒に暮してゐながら、今度のことがあつて始めて妻の氣持にも彼は段々關心を持つやうにされたのだつた。二三日前、妻は彼がまだ寢てゐる枕頭に來て、ひそひそ泣いて、今更のやうに子供が欲しいと云ひ出した。やはり住み馴れた都會を離れて田舍の靜かな處へ來ると、さう云ふ氣持もするのかも知れない。彼ももう一度生れ變つてみたい念願が時々生じるのだが、社會に對してすつかり見切りをつけてしまつた筈なのに、どうしてそんな馬鹿な野心が湧くのか不思議でもあつた。しかし隱居してしまふにはまだ少し若かつたし、何もしないでゐると却つて早く死が追つて來さうな妄想が湧くので、靜かな暮しのなかにも憔慮が絶えなかつた。

 田中氏の念想は何時の間にか飛躍して、不圖さつき便所の隅で睹(み)た小さな情景を想ひ出した。蜘蛛の巣の糸に蟋蟀(こほろぎ)が引掛つて宙にぶらさがつたまま、四肢をピリピリ動かしてゐるのだつた。彼はそれを眺めながら蜘蛛が惡いのか、蟋蟀が惡いのか結局判斷出來なかつたのでその儘にして置いたのだが、彼の運命もやや蟋蟀に似てゐるやうに思へた。だが、憤つたところでどうにもなりさうにはなかつた。彼は近頃不圖觀相術の本を買つて讀んでみると、彼の顏にはもともとさうした不吉の相があつたのに氣づいた。してみると、あの事件も偶然ではなかつたのか、辭職しよう、辭職しようと考へてゐるうちに、あの瀆職事件は突發したのだつた。每日警察へ呼び出されたり、新聞に書き立てられたりして、さんざ世間の疑惑と冷笑を買つた揚句、やつと無關係なことが證明された時には、すつかり彼の氣持は變つてゐた。身の潔白が證明された以上、何故職に蹈み留まらなかつたのかと、彼の辭職を批難する友もあつたが、さう云ふ友の意氣は羨しいとしても、彼の眼には浮世のすべてが陰慘な翳(かげ)に滿たされてゐるやうに意(おも)へ出した。人の一生は惡夢か、と彼は時々さう口吟(くちずさ)んだが、惡夢だと悟りきれない夢もまだ少しは持つてゐた。どうも此頃は殆ど每日雨が降るので、餘り運動も出來ない所爲か、消化不良で夜每怪しげな夢をみるのだつた。その夢は決つたやうにあの事件と關係のあるものだつた。忘れよう、忘れようとしてもあの時の記憶は空氣のなかに溶け込んでゐて、呼吸をする度に現れて來た。今朝もやはり夢をみた筈だつた、が、田中氏は今更夢のことを氣にしてはゐなかつた。が、たつた今も膝の上に新聞を展げて、何か疑獄の記事が出てはゐまいかと自(おの)づからその方へ神經が尖り出すのであつた。今日は全くさうした記事も出てゐなかつた。

 不圖、田中氏は二十年前のことを憶ひ出した。下役の者が持つて寄越した歳暮を妻が足袋はだしのまま追駈けて行つて返した時の情景である。あの頃から妻には苦勞ばかり掛けて來たのだが、隨分長い間一緒に暮しながら殆ど妻のことには關心も持てなかつた。それが此頃では神經質なほど妻の一擧一動が氣になる。起きるから寢るまで、炊事、裁縫、掃除、洗濯と次々に用事に追はれながら働いてゐる姿を視ると、かう云ふことをしてよくも二十年間耐へて來てくれたものだと感心するのであつた。彼は人間としては妻の方が遙かに美質を備へてゐるのではないかと考へ出した。時として彼は突然妻のところへ行つて何か優しい言葉でも掛けてみたい氣になるのだつたが、今更さうした表現は不自然でもあつたし、彼の性格にも合つてゐなかつた。しかし妻は何の娯しみがあつて今日の日まで辛苦して來たのだらう、だから、妻が子供が欲しいと云ひ出した時、彼は妻が近日婦人科の診察を受けることに贊成してしまつたのだつた。だが、今の氣分が生れて來る子供に反映するとすれば、子供も生れない方が幸(しあわせ)ではあるまいか。人間社會を陰慘だと感じてゐる親の子供なら、子供も不幸になるかも知れなかつた。彼はあらゆる虛妄に觸れても動搖しない、一つの精神の高みに達したいと願つた。生も死も一如と感じる宗教を求めて置き度かつた。――田中氏にとつて考へることがらは凡そ範圍が決まつてゐた。だが、かうして朝の一時(ひととき)を默想に費すのも何かの修行のやうだつた。

 煙草を灰皿に捨てると、彼は立上つて緣側に出た。庭の唐辛子が眞赤に色づいて美しかつた。薔薇や、菊は手入れが惡かつたので蟲に食はれてしまつたが、一錢で三株買つて植えた唐辛子だけが元氣よく實つてゐるのも皮肉に似てゐた。それにも增して雜草は茂り放題になつてゐた。立派な植物程、育ち難いものなのか――田中氏は氣質の優しい甥が先日死んだと云ふ通知を受取つた時の感想をふと思ひ出した。さう云ふ例なら彼の身邊に隨分あつた。だが、松の樹はどうだ、雨風に打たれながら老い寂びて高く聳える樹の姿を想ひ浮べた。出來れば彼も松の樹になり度いのだつた。さう思つて空の方を眺めると、今朝は珍しくも靑空が高く澄み渡つてゐた。午後から散步でもするかな、と田中氏は一人で決めると、また部屋に戾つた。

 それから机について、禪宗の本を開いた。暫く精神を集中するつもりで活字を眺めてゐた。だが、この部屋には蠅が一匹ゐるのに氣が着いた。蠅は田中氏が少し油斷してゐると直ぐに肩の邊に來て留まつた。追つても追つても同じことが繰返されてゐるうちに、田中氏は、新聞紙を丸めて蠅打にした。机に來た時、叩きつけたが、蠅は巧みに逃げてしまつた。それからものの一分は靜かであつたが、また蠅はやつて來た。田中氏の狙ひはまた失敗に歸した。そこで彼は立上つてどうでも蠅を殺すことに決めた。視ると蠅は天井に留まつて、早くも彼の氣配に感じたらしく呼吸をひそめてゐた。蠅一匹は躍氣になつてしまつた己(おのれ)を彼は多少大人氣ないと思つた。だが蠅の動作は既に田中氏にいろいろの聯想を生ませてゐた。彼は天井に飛びついて、そいつを叩きつけた。すると蠅はもろくも死骸となつて落ちて來た。

 

[やぶちゃん注:「凭つて」「よつて(よって)」と訓じておく。「よりかかつて(よりかかって)」と読むのは勝手であるが、そう読ませるなら、送り仮名を工夫すべきであり、私は採らない。

「幸(しあわせ)」ママ。]

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