老媼茶話巻之七 夢の告
夢の告
越後より江戸江通ひ商をする淸内といふ男あり。
或春、江戸にて仕合克(しあはせよく)、南海道を經て越後へ下りける道中、殊の外、草臥(くたぶれ)ければ、かたはら成る小社(こやしろ)に入(いり)、森陰に休みけるが、いつとなく、眠(ねふり)ける。
夢に、所は寺の庭とおぼしき所に入(いり)て休みけるに、忽(たちまち)、左右より大木弐本、生出(おひいで)、其高サ雲に入(いり)、あをむきて見るに、いづくともなく、十二、三の少女、手に三ツの棒を引(ひつ)さげ來り、淸内を打(うつ)に、いたみ、忍び難し。
少女、淸内をせめて曰、
「汝、眼(まなこ)ある故に、今、此くるしみを受(うく)。すみやかに眼をくじり捨(すつ)べし。」
と云。
淸内、深く恐れ、うつふし居(ゐ)たるを、少女、飛懸(とびかか)り、手を持(もつ)て、眼をくじり、地へなげ捨(すて)たる。眼、則(すなはち)、蛇と成(なり)、首に飛び付(つき)、しめ殺さるゝ、と覺へて、夢、さめたり。
淸内、驚き上り、つくづくと夢の告(つげ)をおもふに、とかく、よからぬゆめなれば、心たのしまずして、小社を出(いで)、宿へおもむきしが、道にて旅僧に逢(あふ)。
左に鐵棒を持(もち)、右に錫杖をつき、淸内にむかひ、はちを乞ふ。
淸内、元より慈悲深きものなれば、巾着より錢五銅、出(いだ)し、僧にあたふ。
僧、此錢をいたゞき、口に佛名(ぶつみやう)となへ、行過(ゆきすぎ)けるが、立(たち)もどり、淸内にいふ樣(やう)は、
「我は人相見る事に、妙を得たり。しかるに、其方(そのはう)の面(おもて)に還亡死相(クハンボウしさう)という人相有り。家に歸り玉はゞ、萬(よろづ)につゝしみ給ゑ。」
といふ。
淸内、是を聞(きき)て、此僧、風塵(フウヂン)の外の者なる事をさとり、ひらにともない、片陰の酒店に至り、酒茶をすすめ、今朝見し夢の事を語るに、僧、しばらく目をふさぎ、やゝしばしあり、申(まうし)けるは、
「其方の住所に末林寺といふ寺や有(ある)。」
といふ。
淸内が曰、
「成程、有之(これあり)。別當所の旦那寺也。」
といふ。
「其寺に、妙三坊といふ僧、有之哉(これあるや)。」
といふ。
淸内、聞て、
「扨々、不不思議成る事の候。成程、妙三坊と申(まうす)は末林寺の住持にて候。」
といふ。
僧のいわく、
「『木』の『天』をつらぬくは、『末』の字也。『木』左右より相ならぶは、『林』の字也。御身の休ろふ處、則(すなはち)、寺也。文字をならべ見る時は、是、『末林寺』也。『少女』は『妙』の字、『三ツ棒』は『三坊』也。是、『妙三坊』。夢に少女の『汝、眼ある故にこのくるしみを受(うく)る』とは、『眼(まなこ)』は『目(め)』なり。『目(め)』は『妻(メ)』に通ずるなり。眼玉(まなこだま)の小蛇に化(け)して首をしむると見玉ふ。『蛇』は『くちなは』といふ。汝、必ず、家に歸らば、妻の爲にくびり殺さるゝ事、有(ある)べし。」
といふて、僧は酒店を出(いで)て、いづくへ行(ゆき)しも不知(しれず)。
淸内、
「是、佛神のおしゑ成る事。」
とさとり、家に歸りけるに、淸内がつま、夢の告(つげ)に違(たが)わず、末林寺の妙三坊と密通し、
「淸内、商より歸らば、ひそかに殺し、商(あきなひ)より持來(もちきた)る金子を取(とり)て、國を立退(たちのく)べし。」
と示し合(あひ)、淸内が歸るを、まつ。
淸内、家に歸り、内へ入(いり)ければ、妻、立出(たちいで)て、淸内にむかひ、旅行遠別(ゑんべつ)の無事を悦び、食事を進め、酒をしゐて、
「旅つかれ、はやく休み玉ふべし。」
とて、とこをしき、枕をあたふ。
淸内、床に付(つき)て、そら眠りして、是をうかごう。
つま、しきりに納戸(なんど)のかたへ目をつかふ事、しげしげなり。
淸内、則(すなはち)、起上(おきあが)り、納戸に入(いり)て、是をうかごうに、妙三坊、手にほそ引(びき)をさげ、すでに出(いで)んとする處を、淸内、こぶしをにぎり、妙三が目はなのあいを、したゝかに打(うつ)。
うたれて氣をうしなひのめりけるを、則(すなはち)、高手小手(たかてこて)にいましむ。
つま、是を見て。逃出(にげだ)しけるを、追(おひ)かけ、引伏(ひきふ)せていましめ、則(すなはち)、兩人を代官所へ引行(ひきゆき)、兩人共に罪科におこなはれけるとなん。
[やぶちゃん注:夢判じ物としては高度で難しい。なお、この僧と不倫妻は夫の殺害未遂があるから、確実に二人ともに梟首である。
「仕合克(しあはせよく)」商売が非常に上手くいって。
「南海道」奥州街道の南という謂いか。
「あをむきて」「仰向きて」。
「くじり」「抉(くじ)り」。
「うつふし」「俯伏し」。
「驚き上り」すっかり驚いてしまい。
「還亡死相(クハンボウしさう)」不詳。
「風塵(フウヂン)の外の者」俗世の外の徳ある人物。
「ひらにともない」ママ。「平に」(頻りに懇請して)「伴ひ」。
「僧、しばらく目をふさぎ、やゝしばしあり、申(まうし)けるは」ちょっした描写であるが、映像的で上手い。
「末林寺」不詳。
「別當所の旦那寺」村の鎮守の別当寺。
「『蛇』は『くちなは』といふ。汝、必ず、家に歸らば、妻の爲にくびり殺さるゝ事、有(ある)べし』蛇の別称の「くちなは」は「繩」に通じるから、それから繩で縊(くび)り殺されるという意味を判じたのである。
「違(たが)わず」ママ。
「うかごう」後も含め、ママ。「窺(うかが)ふ」。
「目はなのあいを」「目・鼻の間(あひ)を」。]