芥川龍之介 手帳7 (5) 白雲觀(旧全集(新全集無批判転載)誤判読発見!)
○靈宮殿 檜 楡 石牌(龜) 乾隆御筆 一つは蒙古文
[やぶちゃん注:白雲観の内の建物であるが、これは「北京日記抄 五 名勝」に、
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白雲觀。洪(こう)大尉の石碣(せきけつ)を開いて一百八の魔君(まくん)を走らせしも恐らくはかう言ふ所ならん。靈官殿、玉皇殿、四御殿(しぎよでん)など、皆槐(えんじゆ)や合歡の中に金碧燦爛(きんぺきさんらん)としてゐたり。次手に葡萄架後(かご)の墓所を覗けば、これも世間並の墓所にあらず。「雲廚寶鼎」の額の左右に金字の聯(れん)をぶら下げて曰、「勺水共飮蓬萊客、粒米同餐羽士家」と。但し道士も時勢には勝たれず、せつせと石炭を運びゐたり。
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とあることから、「靈宮殿」ではなく、「靈官殿」の旧岩波全集編者の誤判読であることが判る。無批判に踏襲している岩波新全集も次回はここは英断を下して訂正しないと笑われるレベルの誤りである。因みに「靈官殿」とは道教で最もポピュラーな守護神王霊官を祀る祭殿。通常、中国の道観では山門を入ってすぐに、この霊官殿がある。王霊官は棒状の鞭を振り上げた三眼有髯の威圧感のある神である。]
○玉皇殿 紫虚眞氣 (藍へ金)(康熈筆)中に玉皇を祭る 燈籠 三十三天王帝君
[やぶちゃん注:「北京日記抄 五 名勝」に出る通り、同じく白雲観の内の建物。玉皇上帝・天公等と呼ばれる道教の事実上の最高神である玉皇を祭る祭殿。白雲観の中央に位置する。]
○老律堂
[やぶちゃん注:「北京日記抄 五 名勝」に出る通り、同じく白雲観の内の建物。七真殿とも称する。]
○丘租殿 長春眞人丘處機 この殿前(惜字爐あり臺は大理石)碑(龜)二つ 右に蓬壺 左に閬苑(朱へ金)
[やぶちゃん注:同じく白雲観の内の建物で老律堂の後方にある「邱祖殿」。]
〇四御殿 樓上三淸閣の額あり 朱欄金碧梁 殿前瓦を敷く 鉢植一つ 石榴 夾竹桃 無花果 殿内西太后の靈位あり
[やぶちゃん注:「北京日記抄 五 名勝」に出る通り、同じく白雲観の内の建物。のぶなが氏のサイト内のこちらが同白雲観の様子がヴィジュアルに楽しめる。お薦め。]
○雲厨寶鼎の額 「勺水共飮蓬萊客 粒米同餐羽士家」 大煙突 甜瓜の籃 鷄 大釜 大桶 破瓢の杓 變性男子の道士 外に葡萄架 石炭をはこぶ道士
[やぶちゃん注:「北京日記抄 五 名勝」に出る通り、やはり白雲観の景。
「勺水共飮蓬萊客 粒米同餐羽士家」は書き下すと、「勺水(しやくすい)共に飮む蓬萊の客(かく) 粒米同じく餐羽士(さんうし)の家(いへ)」で、意は、「ここで、柄杓ひと掬いの霊水を、仙人の住む東方海上に浮かぶ蓬萊からやってきた客と、分かち合って飲もう、その後のディナーはその羽化登仙の仙人の彼方の家でいただこうじゃないか」といった意味か。
「變性男子の道士」不詳。「變性」が仏教的な「変生男子」(へんじょうなんし)の謂いだとするならば、肉体的には男であることになるから、妙に女性っぽい道士を指しているか? なお、道教では普通に女性は道士になれ、彼等は普通は「坤道」(こんどう)と呼ばれる。
「石炭をはこぶ道士」ここは勿論、道士の厨房なのであろうが、芥川の「北京日記抄 五 名勝」での描写は、もしかすると、ここで一般客相手に食事を供して、営業をしているという事実を受けての表現ではなかろうか? 一柄杓(ひとびしゃく)の水と霞なんぞではとっても食っては行けない道士は、せっせと稼ぐために営業用の燃料として石炭を運んでいるというのではなかろうか? 識者の御意見を乞う。]
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