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2017/12/25

原民喜作品集「焰」(恣意的正字化版) 透明な輪

 

 透明な輪

 

 三角形の平地を七つに岐れて流れる川は瀨戸内海に注いでゐた。平地を圍んで中國山脈があつた。平地は澤山の家や道路で都市を構成してゐた。それは今も活動してゐるのだが、彼は寢たまま朧げに巷の雜音を聞いてゐるので、活きてゐる街の姿がもう想ひ出せなかつた。

 そのかはり殆ど透明な輪のやうな風景が、彼の頭には次々と浮んで來る。風景と云ふものは、臭ひや溫度を持つてゐるから、瀕死の男にとつては苦痛の筈なのだが、今頭に浮んで來る風景は淡々として差程神經を刺激はしなかつた。

 もと彼は景色に對して異常な感受性を持つてゐたから、何か景色のなかに趣きがあるものとか、景色に自己を投影出來るものを絶えず探し步いた。と、同時にそれを表現するための言葉を何時も苦心して考へたが、考への途中でよく生活上の雜念が突然入込んで來るので、彼はよく惱まされた。煩雜な生活のために精神の統一が出來ないのだと彼は思つた。一本の松の姿を單純に歌ふと云ふことだけでも、どんなに困難な業か、彼はそれをよく嘆じた。また自分の心境でも煩雜な生活の底に澄んで流れる一すぢの水を掬つて歌はうと思つた。淸澄で素朴で單純なものに價値を感じる彼は抒情詩人であつた。

 彼の生涯はあまり單純ではなかつた。生れ落ちると、料理屋へ養子にやられた。義理の母と云ふのが、さう云ふ商賣にあり勝ちの女で、資本を出す男から男へ移るうち、結局は世間の恨みを買つて、沒落した。家が沒落したのと、彼の肺病が再發したのが殆ど同時であつた。彼は宿屋を開業して家の再興を計らうとした。しかし心と身體は並行しなかつた。親一人、子一人と云ふ感慨も彼を奮ひ立たせはしなかつた。病氣はそれでなくても煩雜な細々としたことが氣になつた。氣になるばかりで焦々するうちに疲れた。疲れても疲れても、夜の次には朝があつた。さうして暑い夏が過ぎて、秋もやや冷え目になつた頃、彼の病氣はいよいよ改まつた。今彼は自分の生涯がそれほど重苦しく、みじめなものともみえなくなつて、只、銀幕の記憶か何かのやうに朧げに見えてゐた。――さうして、今寢てゐる姿だけがはつきりした。

 骨肉や友達や女の記憶も、それらが今は惱しくなかつた。

 女と云へば彼にしつこく附纒つた年增もゐたが、色里に育ちながら、女の肉體はただ想像してみるだけで現實には知らない彼であつた。現實の女は美しく惱しいだらうが、同時に醜く重苦しいものにちがひない。

 これまで彼の周圍の凡ては美しかつたが、同時に醜く重苦しかつた。

 今日は一切の重苦しいもの、汗臭いものが除かれて、ただ透明な美しいものが眼の前に現れた。

 紫色の島が靜かな海に霞んで見える。その島の一端にモーター・ボート用の棧橋がある、棧橋の下の水が透き徹つて見える。腹に鮮やかな縞のある魚がチラリと見え隱れする。この景色は透明な輪となつて消えて行つた。

 澄んだ山を背景にしてゐる寺の山門を潛ると、はつとするやうな空の靑さである。寺の庭に萩の花が咲き、松風がかうかうと鳴つてゐる。これも透明な輪となつた。

 川上の砂原のまつ白な礫の上を蝶々が飛んでゐる。堤の方に菜の花が波打つてゐるのだ。廣々とした礫の原で、川はほんの纔か一すぢ靑く見える。陽炎のなかを白帆が行く。その白帆も透明な輪。

 松が夕ぐれの空に一つ澄んでゐる堤の材木屋の前の藁屋根の船の上に霙が降り出した。透明。

 牛込見附の堀の芝生が春雨に濡れた電車の窓から見える。透明に消えた。

 松山城は淡雪だ。透明。

 鈴蘭燈の竝んだ狹いアスフアルトの街に人が一杯で、ふと店さきのシヨー・ウインドーを見ると、獨逸製のカツトグラスが透明になつて消えた。

(彼は誰かの泣聲を聞いた。女の聲らしかつた。)

 何故泣くのかと訝りながら、濃い藍色の闇を潛つて行くと、生駒山のトンネルを潛つてゐるらしかつた。向ふにステンド・グラスのやうな空間が懷しく見える。明るい晝がひかへてゐるらしい。しかしトンネルを出たやうな氣がした時、そこは矢張り彼の生れた街の一角だつた。橋のたもとへ出てゐて、それも夜であつた。妖婦的な女が笑つた。その金齒がはつきりと彼の目に映る。早くそれも透明な輪になれ、と彼はぢつと待つた。

 

[やぶちゃん注:本篇はあらゆる近代文学史上で肺結核のために夭折して行った、あらゆる真の詩人、芸術家たちへの夢幻的な、しかも、すこぶる映像的なオードである

「並行」は熟語として読みにくいので「並」は「竝」に代えなかった。]

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