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2017/12/09

ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版)掉尾【幻の活字化されなかった草稿原稿の結末完全電子化!】~完遂!

 私はできることなら、何處か無人島を見つけたいものだと思ひました。その島〔こ〕で働きさへすれば生きてゆける小さな島があつたら、ひとりで靜かに暮したいのでしたす〕。私はヨーロツパのヤーフたちの社会へ返るのは、〔もう〕考へただけでも厭でした。

 その日の夕方、私は〔向に〕小さな島〔が〕一つ發見し〔見えて來〕て、〔私は〕間もなくそこへ着きました。だが着いてみると、それは大きな岩だつたのです。〔しかし〕岩の上によぢのぼつてみると、東の方に陸地がずつと伸びてゐるのが、はつきり見えました。その晩は舟の中で〔寢〕て、翌朝早く起きると、また航海をつづけました。七時間ばかりすると、ニユーポランドの東南端に着きました。

[やぶちゃん注:「ニユーポランド」原典は“New Holland”。オーストラリア大陸の歴史的名称。]

 あたりには人の子一人見えなかつたのですが、〔私は〕武器を持つてゐないので、奧へ進むのも考へもの〔心配〕でした。〔私は〕海岸で貝を拾ひましたが火をたくと〔いて〕土人に見つかるといけないので、生のまま食べました。三日間は牡蛎と貝ばかり食べてゐましたが、近くに綺麗な小川があつたので、〔水の水の方は〕助かりました。

 四日目の朝、いつ〔私は〕少し遠くへ出かけてみました。ふと、五百ヤード前方〔の〕丘の上に、二三十人の土人の姿が見えました。男も女も子供も、眞裸で、火を圍んでゐるのです。一人がふと私の姿を見つけて、すぐ他の者に知らせたかとおもふと、五人の男がこちらへ近づいて來ます。

 私はもう一目散に海岸へ逃げて帰ると、舟に飛乘つて漕出しました。土人たちは貴志まで追いかけて來て、矢を放ちました。

 〔それから〕私は舟を北の方へ進めてみました。暫くすると、向に帆〔の〕影が一つ見えて來ました。しかも、〔船は〕どんどんこちらへ近づいて來るのです。私はこのまま〔待〕つてゐようかしらと思ひましたが、ヤーフのことを考へると、たまらなくなつて、〔りました。〕〔そこで〔、〕〕舟を漕いで一目散に逃げだしました。そしてさつき 逃げ〔私が〕朝出たもと〔あ〕の島へまたもどつて來ました。私は小川の傍の岩かげに隱れ〔てゐ〕ました。

 後から追つて來た舟は、ボートをおろして〔、〕この島へ水汲みにやつて來ました。〔そして〕水夫たちが上陸するとき、私の独木舟に氣づきました。もちぬしが何處にゐるにちがひないと、彼等はそこら中をさがし廻りました。武裝した四人の男が、とうとう、岩かげに小さくなつ〔すくんでゐ〕る私を見つけました〔だしたのです〕。革の服、毛皮の靴下、など見て、私の奇妙な服裝に、彼等は驚いたやうです。しかし裸でないので土人ではないこと〔思つたのでせう。〕はすぐわかつたらしい

 「立て、お前は何者だ」

 と、水夫の一人が、ポルトガル語でたづねました。ポルトガル語なら〔、〕私もよく知つてゐるので、すぐ立ち上つて答へてやりました。

 「私はフウイヌムの國から追出された哀れなヤーフです。だからどうか、このままそつとしておいて下さい。」

 ポルトガル語ができるので彼等は驚いたやうですが、〔きましたが〕、私の顏色を見てヨーロツパ人にちがひないとわかつたやうでした。しかし、私のいふこと ヤーフとかフウイヌムとかいふ言葉はなんのことかわからなかつたらしいのです。私がまるで馬のやうにいなないて物を言ふので、彼等は噴き出してしまひました。

 私は〔もう〕怖くてブルブル震へてゐました。逃がせて下さいと言ひながら、独木舟の方へ行かうとすると、彼等は私を捕へて、何處の國の者で、何處から來たかなど、いろんな質問をしかけます。

[やぶちゃん注:「逃がせて下さい」はママ。フウイヌム語風に発音したと思えば、全然、おかしくない。以上の、二段落分の現行版を示す(二段落分が一段落になっている)。ここでは生きているのに、カットされている箇所があるからである。

   *

 ポルトガル語ができるので彼等は驚きましたが、私がまるで馬のようにいなゝいてものを言うのに噴き出してしまいました。私はもう怖くてブルブ震えていました。逃がしてください、と言いながら、独木舟の方へ行こうとすると、彼等は私を捕えて、どこの国の者で、どこから来たかなど、いろんな質問をしかけます。

   *]

 〔とうとう〕彼等がものを言ひ出した時、私は犬や牛が物を言ひ出したやうに、〔全く〕変な氣持にさせられました。私か〔が〕何度も逃げ出さうとするので、とうとう彼等は私を縛り上げて、ボートへ引ずりこみ、それから本船へつれて行きました。

 〔それから〕私は船長室へ引ぱつて行かれました。船長の名前はペドロと云いました。ひ〕、大変、親切な男でした。

 「どうか、あなたの身上話をきかせて下さい。食事はどんなものを召上りますか。これからは私と同じ待遇にしてあげたいのですが」

 と、こんな親切なことを云つてくれます。私は ヤーフからこんな親切にされるとは夢にも思ひがけないことでした。しかし、私は相変らず默りこんでゐました。

 私は彼等の臭ひが〔厭で〕たまらなく、今にも倒れさうでした。しかし彼等は私に一寢みせよと云つて、綺麗な部屋へ案内してくれました。私は服のまま、ベツドに寢ころんでゐましたが、三十分ばかりして、水夫たちの食事をしてゐる隙に、そつと脱け出しました。こんなヤーフどもと暮すぐらゐなら、いつそ海へ飛込まうと覺悟してゐるところを、船員の一人に見つけられました。〔そして〕今度は船長室にとぢこめられてしまひました。

[やぶちゃん注:「一寢みせよ」「ひとやすみせよ」と訓じているらしい。現行版は『一寝入せよ』で「ひとねいりせよ」に変えられている。]

 食事をすませると、ペドロがやつて來ました。そして、

 「何故あんな無謀なことをしようとしたのだ、自分はできるだけのことをしてあげたいつもりでゐるのに」、と〔船長〕はしみじみと云つてくれます。私はとうとう彼を

 私はごく簡單に、これまでの身上話をしてやりました。すると船長は夢の話でもきいてゐるやうな顏つきです。〔した。〕私も腹が立つてしまひました。私はもう噓をつくやうな、あんなヤーフの國のことは、すつかり忘れてしまつてゐたので、相手を疑ふといふこことも考へられなかつたのです。

 しかし、船長〔彼〕はなかなか賢い男で、そのうち〔やがて〕私の話をだんだん分つてくれました。私も、〔もう〕二度と逃げ出さないことを〔すやうなことはしないと〕彼に約束しました。

 航海は順調に進みました。私は船長とは時時、あつて一緒にいろいろ話こともあにました。が しかし一日の大方〔たいがい〕自分の部屋に引込んで、船員たちには会はないやうにしました。船長は、その〔奇妙な〕服を脱いではどうか、といつて、わざわざ彼の 服を〔晴着を〕貸して〔出して〕くれるのでしたが、一度でもヤーフの身躰についたものを著るのはたまらない氣持がしたからです。私は断りつづけました。

[やぶちゃん注:以上の太字で示した箇所は、全体に非常に薄い曲線の抹消線のようなものが四本ほど見える。抹消と入れ替えが行われており、民喜が最後の最後に苦心して推敲した跡が見られる。無論、現行版には太字部分は存在しない敢えて抹消線を引かずに示した。]

 一七一五年十一月五日、船はリスボンに着きました。船長は、その姿では見つともないといつて、無理に外套を着せかけま〔て〕くれました。それから私は船長の家へ連れて行かれ、一番奥の部屋に案内してもらひました。

[やぶちゃん注:「一七一五年十一月五日」本邦では正徳五年十月十日。]

 十一月二十四日に英國イギリス船で私はリスボンを發ちました。十二月五日にダウンスに着きました。

 てつきり私を死んだものとばかり思つゐた妻子たちは、大喜びで私を迎へてくれました。

 家へ戾る〔入る〕と、妻は私を兩腕に抱いて接吻〔キス〕しました。だが、〔だが、〕なにしろこの数年間といふものは、こんな動物〔人間〕に觸られたことがなかつたので、一時間ばかり私は氣絶してしまひました。

[やぶちゃん注:現行版は以上で全篇が終わっている。しかし実は原稿にはまだ先がまだ二段落分あるのである。敢えて太字で示す。

……かつて「この終わりの部分が致命的に駄目な不完全な訳だ」と「したり顔」で評した書評を読んだことがある……お前には原民喜を語れない! 一言もだ!……彼の初期原稿にはちゃんと訳されてあるんだよ!……原民喜が自死を決しながら、それでも未来の子らのために訳した希望の光の幻の中の本作を……お前なんぞに批評する資格なんぞ――金輪際――ない、よ…………

 私は〔家に戾つてから〕はじめの一年間は〔私は〕妻子と一緒にゐるだけでも堪らなかつたのです。臭が我慢できなかつたし、一つ部屋では一緒に食事などする気にはなれませんでした。

 〔近頃、〕私は二頭の仔馬を買つて、立派な厩を造つて飼つてやつてゐます。りました。つてゐます。〕馬たちは、私の言ふことを大ていわかつてくれるので、毎日、四時間ぐらゐは一緒に話をすることにしてゐます。

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