原民喜作品集「焰」(正規表現版) 秋旻
秋 旻
[やぶちゃん注:「秋旻」は「しうびん(しゅうびん)」で、秋の空。爽やかに澄み渡った秋の空の意。「旻」は単漢字でも日光が淡い「秋空」を指し、広く「空」の意にも用いる。]
一人の少年は硫酸を飮んで、袴を穿いて山に行き松に縊つたが、人に發見されて、病院で悶死した。一人の少年は友達と夜行列車に乘つてゐて、「この邊は單線か、複線か。」と尋ねてゐたが、一寸の𨻶にブリツヂから飛込んで昏倒し、その上を別の列車が轢いて行つた。もう一人の少年は、「今夜は見ものだよ。」と謎のやうなことを云つてゐたが、その夜彼の部屋の窓には何時までも煌々と燈が點いてゐて、翌朝ガスでやられてゐた。――次々に奇怪な死に方が彼等の周圍で起つたので、次第に凄慘な氣分が彼等を壓しかけた。
三人は巫山戲ながら的(あて)のない散步を續けてゐたが、とうとう道に迷つて何處へ出るのやら見當がつかなくなつた。すると何時の間にか空の半分が妙に明るく、半分が暗澹とした、秋の不思議な光線の配合があつた。さむざむと霧(きら)ふアスフアルトのむかふに、明るい賑やかな一角がぽつんと盛り上つてゐて、ともかく、そこには憩へる場所がありさうだつた。
[やぶちゃん注:「縊つた」「くびつた」か。個人的には「くびくくつた」の読みもありかと思う。
「巫山戲」「ふざけ」。
「とうとう」ママ。]

