ジョナサン・スイフト原作 原民喜譯 「ガリヴァー旅行記」(やぶちゃん自筆原稿復元版) 飛ぶ島(ラピュタ)(6) 「四章 發明屋敷」(3)
私は道を橫切つて、向側の建物に入りました。〔こ〕この學士院には〔、〕學問の企劃士〔工夫員〕がゐるのでした。
[やぶちゃん注:「工夫員」既に注した通り、現行版は総て『発明家』である。民喜は学士院の職員の呼称にかなり悩んだことが窺われる。]
〔私が〕最初に會つた〔教〕授は〔、〕廣い部屋に〔ゐました。そこには、〕四十人ばかりの學生が集つてゐました。私は挨拶がすんで、〔私は
部屋いっぱいになつ置〕かれてゐる大きな枠を 何だらかと 私は〔熱心に〕眺めてゐました。すると教授が
〔この部屋には、→ここにはどんな無學な人間でも、〔それを使へば、〕安い費用と哲學、詩、政治學、數學、神學、なんでも〔なぞ〕書くことの出來る〔便利な〕機械がありました。→出來かかつてゐました。〕〔教授は一つの便利な機械を考へてゐました。それを使へば、どんな無學な人々でも、立派ななんでも書けるのです。哲學、詩、政治學、數學、神學、誰にでも、それがらくに書ける機械でした。〕教授はその機械についていろいろ説明してくれました。
[やぶちゃん注:非常に苦労している箇所で錯綜していて、細部の再現が難しいが、一応、やってみた。現行版ではここは、何事もなかったように、
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私は道を横切って、向う側の建物に入りました。こゝの学士院には、学問の発明家がいるのでした。
私が最初に会った教授は、広い教室にいました。そこには四十人ばかりの学生が集っていました。教授は一つの便利な機械を考えていました。
その機械を使えば、どんな無学な人でも、何でも書けるのです。哲学、詩、政治学、数学、神学、そんなものが誰にでも、らくに書ける機械でした。教授は、その機械についていろいろ私に説明してくれました。
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と整序されているが、現行は真っ黒で、ここでの最後のパートの決定稿は左罫外から下まで蛇のようにうねって書かれてある。]
私はつづいて國語學校を訪ねました。ここでは、三人の教授が國語の改良を〔いろいろと熱心に〕考へてゐました。どうしたら
〔一つの案は、〕言葉を全部喋らないことにしたらいい、といふのでした。その方が簡單だし、健康にもよい、言葉〔もの〕を喋ればそれだけ肺を使ふことになるから、〔それだけ〕生命を縮めるといふのです。
それで、こ〔そ〕の代りに、こんなことが考へ〔發明さ〕られました。言葉といふものは、ものの名前だから、話しをしようとする時には、そのものを持つて行つて、見せてつこをすれば、喋らなくても意味は通じるといふのです。
しかし、これでも〔にも一〕つ困るのは〔ことがあります。→ことがあります。〕〔それは一寸した話なら、道具をポケツトに入れて持つて行けばいいのですが〕話が澤山ある場合です。〔だと大変です。〕その時は〔、〕力の強い召使が〔、〕大きな袋に、いろんな品物を入れて、背負つて行かなければなりません。
私も〔は、〕二人の男が〔は二人の男が、〕丁度あの行商人のやうな恰好で、大きな荷物を背負つてゐる〔二人の男を→のを度々〕見たことがあります。彼ら〔そして〕二人の男が往來で出會ふと、荷物を下して、袋をほどき、なかからいろんな品物を取出し、〔ます。〕かうして、かれこれ一時間位話しがつづゐたかと思ふと、品物を袋に收めて、荷物を背負つて立上ります。
私はその次に數學〔の〕教室を見物しました。ここでは、ヨーロツパなどでは思ひつくこともできない〔珍しい〕方法で教へられてゐました。
まづ、数學の問題と答案を〔、〕薄い煎餅の上に〔、〕特特〔別製〕のインキで〔、〕淸書しておきます。學生たちに、お腹をすかからつぽにさせておいて、この煎餅を食べさせます。その後三日間は〔、〕パンと水しか與へません。さ〔さ〕うすると、煎餅が消化されるにつれて、それと一緒に問題は頭の方へ上つて行くといふのです。
しかし、これはまだ實際には一度も成功してゐません。といふのは、この煎餅を食べると、ひどく胸が惡くなるので、みんなこつそり拔け出して、吐出してしまふからです。
私はつづいて、政治の企劃士たちを〔も〕訪ねましたが、この教室では、あまり愉快な氣持にされなかつたのです。
この教室では〔この教室では〕一人の醫〔醫→醫〕者がこんなことを云つてゐました。君主の〔一たい〕大臣などといふものは、どうも物忘れがひどくて困ると〔は〕誰もが〔云ふ〕苦情ですが、これを防ぐには次のやうにすればいいといふのです。つまり〔、〕大臣に面會したときには、出來るだけ、わかりやすい言葉で用件をつたへておいて、別れぎはに、一つ、大臣の鼻をつまむとか、腹を蹴るとか、腕をつねるとかするのです。〔、なんとか〕して、〔約束したことは〕忘れないやうにさせるのです。そしてその後も面會しては〔するごとに〕同じことを繰返すのです。〔し、約束したことは實行してもらふやうにするのです。
[やぶちゃん注:「醫」の部分は「醫」という漢字を上手く書けず書き直しているのである。]
それから、〔また、この醫者は〕彼は政党の爭ひを〔うまく〕とめる法〔方〕法を發明していました。
それは、〔まづ〕兩方の政党から百人づつ頭を 代議員を選んで來て、これを二人づつ、頭の大きさの似たもの同士に〔の〕組にし〔しておき〕ます。それから、〔それぞれ〕兩方の頭を鋸で挽いて、二つに分けます。そして
挽いい〔こうして切りとつた〕半分に〔された〕なつた〔の〕頭をつ、それぞれ取換へつこして、反對派の頭にくつつけるのです。
私は〔、〕〔私は二人の教授がしきりに議論してゐるのを聞きました。それはどうしたら〕人民を苦しめないで税金を集めることを〔について〕二人の教授が議論してゐるのをききました。〔ができるかといふ議論でした。〕
一人の〔教授の〕意見では、惡徳や愚行に税金をかけるがいいといふのでした。ところが、もう一人の教授の意見は〔これと〕反対で〔は〕、人がその自惚れてゐる長所に〔こそ〕税金をかけるのがい一番〔たら〕いいといふのです。
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