原民喜作品集「焰」(正規表現版) 焰 / 原民喜作品集「焰」(原本視認による正規表現版)~了
[やぶちゃん注:【2023年2月23日追記・追加】原本では、この詩篇の始まる「201」ページ(見開き左ページ)の右「200」ページの右下方に西洋馬に跨った人物の線画が配されてある。原本の画像は国立国会図書館に申請を出さなければ、使用出来ないが、幸いにして、所持する青土社版原民喜全集の箱表紙にこの意匠が使用されいることから、底本原本のものでないことを明らかにするために、カラーでOCRでカラーで取り込み、まず、それを以下に示し、次にそれをモノクロームで同じく取り込んだものを補正し、その下に示した。]
焰
雪が溶けて、しぶきが虹になつた。麥畑の麥が舌を出した。泥濘にぺちやぺちや靴が鳴る。をかしい。また春がやつて來る。一年目だ。今度こそしくじつたら臺なしだ。だけど三百六十五日て、やつぱし、ぐるりと𢌞るのだな。イエス・クリストよ。ヨルダンの河てどんな河なのかしら。
たつた二三時間、二三枚の紙に書いた、書き方が下手くそだつたので、一年間遲れるんだよ、僕は。それが負け惜しみと云ふものだ、と矢口が云ふ。矢口はもうすぐ中學へ通ふのだから僕より偉(えら)がるのだ。話を變へなきやいかん。君の今度はいつた中學のポプラは素敵だね、大きいね。いいや、一寸も大きかないさ。もつと大きいのが何處にだつてあるさ。ちよ、楯突いて來るのだな、僕が落こちたから、馬鹿にされるのだな。仕方がない、もうすぐお別れなのに、名殘惜しがらないのだな。オヤ、あんなところに目高がゐるよ、君。
やい、やい、試驗に落ちた大目球、一年下の三浦が皆の前で冷かした。三浦の柔かさうな頰ぺたを視つめながら、康雄はポケットのなかの拳固(げんこつ)を握りしめた。しかし、ぶつ放さなかつた。
外でも家でも康雄は面白くなかつた。家では母に癇癪玉ぶつ放した。切出小刀を摑んで切腹しかけると、母が火のやうに怒つて飛びかかる。小刀が落ちて炬燵の角で頤を打つた。それが痛さに康雄は泣く。死んだらもつと痛いのかなと思ひながら炬燵で足を溫める。すると何故さつき自棄起したのか、忘れてしまふ。中學が一年遲れたこと位どうだつていいぢやないか、趾の裏が今溫い方が氣持がいい。
康ちやんのいけないのは何だと思ふ。さあ、澤山あると思ふ。そのうちでもよ。さあ。忍耐强くないことよ。さう云つて姉は大切なことを說き出した。それが何時の間にか、アダムとイブの傳說に移り、クリストの話になつてゐた。汝の敵を愛せよとクリストは仰(おつしや)つたのです。大きな愛の心でこの世を愛すると、何も彼も變つて來ますよ。
その話を聽き終つてから康雄の頭は急にすつきりした。姉の病室を出て、病院の庭を散步してみたら、中央の池のなかの芝生の島に、女の兒がハンケチを持つて、風にゆらぐハンケチに犬が戲れてゐた。繪のやうだ。なるほどこいつは世の中がさつきとは變つた。再び姉の病室へ戾ると、ペットに橫になつた姉は大きな眼で康雄を視つめた。姉は靑空のやうに澄んだ眼をした。さうだ、これからは何でも怺(こら)へて、姉さんの云ふ通りにならう、と決心すると康雄は胸が小躍りして來た。
その夕方家へ歸る途中も、胸の鼓動は病院からひきつづいてゐた。細く遠くまで續いた街の果てに、春の夕方の雲が紅く染まつてゐた。その筒のやうな街を急いでそはそはと康雄は步いた。神樣てものはあつたのだ。長い間の疑問が解けて來た。康雄はそはそはする空氣のなかで、始めて密かに祈つた。と、小路から三浦が追駈けて來て康雄に聲を掛けた。三浦はニコニコ懷しげに彼を見た。たつたこの間撲らうかと思つた奴だが、康雄も笑顏になつた。
臺所で康雄は妹にだけ打明けた。僕はこれから優しくなるよ、誰とも喧嘩しないし、君だつていぢめない。小さな妹は不審さうに默つて彼を眺めてゐた。が、二三日して妹はふと云つた。ほんとね、兄さんは大分變つた。さう云はれると康雄は急に偉くなつたやうに嬉しかつた。家の手傳ひでも、掃除でも素直にした。三度の食事の前に祈り、朝夕も祈つた。
春休みが過ぎて學校が始まつた。高等一年の組は二階だ。新しく編入された康雄は識つた顏が少ない。高が康雄の顏見て肯いた。君もゐたのか、二人は運動場の隅つこで話合つた。芭蕉が芽を出してゐた。君、聖書つてもの知つてるかい。知つてるとも、聖書なら僕のうちにあるんだよ。ほんとかい。ほんとだとも、何なら明日君に持つて來てあげるよ。呉れるのだね。うん。高は孤兒(みなしご)だと云ふ噂だが、聖書持つてるとは思へなかつた。それで君は信者かい。ううん、ちがふよ。高は靑白い顏にぼんやり淋しさうな笑みを浮べた。
翌日高はほんとに聖書を持つて來た。クロース張りの、小型の、赤緣(ふち)のバイブルは康雄のポケツトに納められ、表紙を爪で小擦ると、ビュー・ビューと唸つた。
晝飯の時間に級長が授業料を集めて𢌞つた。次の時間の始めにそれを舟木先生に渡さうとすると、さあ五拾錢足りない。集めた時には勘定が合つてたのに、休みの時間に足りなくなつたのだ。四十人の机の隅から敎壇の端まで探して、今度は身體檢査だ。皆が廊下に一列に並んで、先生がポケットを裏返しにする。康雄のポケットからはバイブルが出て來た。先生は表紙をぽんと指で彈いて、君これ讀むのかいと訊ねた。ベルが嗚つた。次の時間は體育だ。皆運動場へ立たされた。またベルが鳴つた。先生は怒つてゐた。出て來るまでは皆歸さないぞ、たつた一人いけない奴がゐるのだ、誰だかそいつはわかつてる筈だ。しかし誰も返事しない。皆濟まなさうな顏だ。舟木先生の後にはアカシアの樹があり、その梢に白いちぎれ雲がある。神樣! と、ぢりぢりし出して康雄も祈る。僕が皆の犧牲(みがはり)にならうかしら、でも盜んでゐないのに盜んだとも云へないし、ええ、一そのこと僕が盜んでやればよかつた。
今、君とこの前でこの拾錢拾つたよ。日曜日に高が康雄の家を訪ねて來た。警察へ持つて行かうか。めんどくさいから菓子買つて食はうよ。二人はぶらぶら盛り場の方へ步いて行つた。博覽會で人出が多い。バナナ・キヤラメルを買つて分けた。頰をもごもごさせながら矢口の家へ行つて物干棚に登つた。隣りの活動小屋からチヤンバラの囃子が聞えた。矢口は英語のリーダーを出して二人に見せた。つるつる白い紙に眞赤な苺の繪があざやかだ、その端にべつたりインクの指紋がついてゐる。物干棚の上を大きな鳥が飛んだので影が本に映つた。と、紋白蝶がヒラヒラ飛んで來た。
君はこの蟲眼鏡知らないか。知りません。理科敎室に一人で勝手に入つたことはなかつたか。ありません。山野と今日晝休みに遊んでたのだらう。さうです。康雄は不思議さうにその蟲眼鏡を見た。あれで習字の字が燒けるのだがなあ、しかし如何した間違ひだらう。よろしい、山野はこれが君のポケットから落ちたと云ふのだがね、よろしい、君は歸つてよろしい。舟木先生に許されると、康雄はどうして一人殘されたのかまだ不審だつた。山野と今日廊下で縺れ合つて巫山戲たのはほんとだが、すると蟲眼鏡が落ちたのかしら。すると僕は賊なのかしら。すると僕は知らぬ間に賊になつたのかしら。いや、うかうかするとなるかも知れぬ。もし來年の入學試驗に失敗したら、それこそ駄目になるぞ。しかしほんとに勉强しさへすれば中學へ入れるのかしら、それはほんとかしら……。康雄が考へつめながら歸つてゐると橋の袂で女學生と出逢つた。もと同級だつた女の子が急に大人びて、風呂敷包みなんか抱へてるではないか。女の子は胸をまつ直ぐにして步いて來て彼を見ても素知らぬ顏だ。康雄は尻にブランブランするカバンを情なく思ひながら、橋の欄干をトントンと掌で叩いて、河のまん中に唾(つば)吐いた。もう何度この橋渡らなきやならぬか、渡る度に思ふことを思つた。
然れど我なんぢらに告げん、婦女を見て色情を起すは心すでに姦淫したる也。姦淫てどう云ふことなのか、康雄は變な氣がした。
母が姉の病院へつききりで昨日から歸つて來なかつた。その夜も歸つて來ない。夜更けて康雄は睡れなかつた。トントンと表の戶を叩く音がする。女中が出て行つた。なくなられました、と云ふ聲がする。康雄は急に蒲團のなかに頭を潜らせた。女中が彼を搖ると、彼はううんと態と呆(とぼ)けた返事をした。
姉は骨になつて桐の小箱に收められた。骨のなかに混つてゐる金齒を掌にすると、義兄もほろりと淚を零した。葬式にまつ白な百合の花環に黑いリボンが結ばれてゐた。白い花瓣は五月雨に濡れた。雨に煙る銀杏樹や、寺の大きな甍を仰ぎながら、康雄は姉が天國へ行くのを懷つた。しかしそこは眞宗の寺だつた。
蓮華町の角からこの間の晩人魂がふわりふわり出てね、と敎室で誰かが喋つてゐた。雨の休み時間で皆は敎室にゐた。蓮華町には姉の墓がある。康雄は姉がその人魂ではないのかしらと思つた。姉は西洋の小さな風景畫を持つてゐたが、靑い夜空に茫とした白い塊りが浮いてゐる、それを姉は幽靈だと云つて怖がつてゐた。夏の夜など康雄に怖しい話を語つて聞かせながら、ふと月の光が籐椅子の縞を彼女の白い肘に染めてゐるのに氣づくと、蛇ではないかとほんとに怖れるのだつた。腹に水の貯る病氣で死んだ姉、よくものを怖れた姉、まさかその姉が幽靈になりはすまいが、康雄は不思議な氣がした。彼の父は姉より二年前に死んでゐた。つぎつぎに死ぬる、死んでどうなるのか。天國を信じようとしても、もう以前のやうに氣持がすつきりしなかつた。
夏が來て、東京から兄と嫂が歸つて來ると、妹と母と五人で遠くの溫泉へ行つた。濃い色の海がすぐ宿屋の二階の緣側から斜に見えた。正面には山が見え、一きは恰好のいい山が一つ、その靑い肌には靄が何時も動いてゐた。下の通りを瞰下すと、店頭の九官鳥を人が立留つては興がつてゐた。絕えず人が通つた。ある夕方皆がおばしまに凭れて下を眺めてゐると、めかした小肥りの女が女の兒に風船玉を持たせて通つた。淫賣だよ、と兄が嫂に呟いた。淫賣、その言葉の響が康雄には變に思へた。
夜の海岸は艷歌師や香具師で賑やかだ。康雄の妹ぐらゐの幼い女の兒が、三味線に合はせて、身をくねらせて踊る。その顏が白粉でまつ白だ。意味は康雄にははつきりしないが、何だか恥しさうなことを、この娘は平氣で踊るので、それが厭らしいやうにも、可愛想にもなる。大人達は平氣で相好を崩す。時には彼も大人の眞似をしてニヤニヤ心で笑つてみたりするのだ。
まだその溫泉に浸つてゐるやうな氣がした。と、夏の日の出來事が急行列車のやうに康雄の頭を通過した。ピイと汽笛が鳴る。これはほんとに汽車かな、と思ひながら暫く頭が茫とする。今度は三味線がぽつんぽつん鳴つて、女達が奇てれつな踊りをする。小娘の癖におつぱいがぶらぶらしてゐる。乳豆から矢鱈に數字が飛出して、その數字の加算は暗算では出來ない。バカ、バカ、バカ、と外を裸馬が走る音が、バカと罵る。
しばらくすると康雄の熱は下つた。すると今度は寢てゐる枕頭の夕ぐれの襖が眼に佗しい。彼は母を呼んで電燈を點けてもらふ。耳が冴えて小さな物音が一つ一つはつきり聽取れる。たつた今風邪藥をもらひに出掛けて行つた女中の下駄の齒が敷石に觸れてくくくと云つてゐる。外は寒いのに出掛けるのはつらいだらう。ねえやんも寒いのに外にお使ひに出るのは退儀ぢやないかしら、と康雄は大きな眼で母を視つめる。それは退儀でもさうしなきや仕方がないもの……と母が答へる。
つまり世の中は金だよ、金さ、金さ、何も彼も金さ、と吉田が云ふ。金と女さ、と山野が云ふ。康雄は解つたやうに笑ふ。高も笑ふ。日あたりのいい、風のあたらない校舍の隅で四人が議論してゐるうちに、山野はボタンを一つ捩ぎ除つた。あは、うまくとれちやつた、裁縫室へ持つて行つて女の兒につけてもらはう。山野がおどけた顏で走つて行く。吉田もついて行く。しかしクリストはあんなこと云はなかつたよ、と康雄は高に囁く。高は曖昧に笑ふ。孤兒の高はひよわい身體してゐるし、時々どこか皆と異つた不思議な表情をするのだつた。
正月が過ぎて齡が一つ增えると、もううかうか出來なかつた。しかし試驗にはどうせ六年生に出來る問題が出る筈だから、それが甘げつたらしい。甘げつたらしいのに失敗つたら猶更、阿呆だ。しかし、イエス・クリストよ、何故中學校なんかあるのかしら、天國にもやはり學校なんかあるのかしら。康雄は高が少し羨ましい。高は中學へ行かないですぐ世間で働くさうだ。その方が氣樂かも知れないが、何だか怖いやうな氣もする。豆を嚙りながら新聞を讀んでゐると、強姦て活字がある。よくは解らないが、世の中は罪惡だらけらしい。
吉田が藝者にやるのだと云つて、變なことを紙に書いてゐる。皆がそのまはりを取卷いてワイワイ笑ふ。吉田はいよいよ圖に乘つて鉛筆を舐める。そこへ舟木先生が音もなくやつて來た。その手紙を捩ぎ取ると、先生は敎壇へ上つた。先生の顏がさつと變つた。さあ說敎だ、と皆は待ち構へて席につく。しかし先生は暫く口をきかないで一同を睥んでゐる。大變な劍幕の上に、大變なことを云はうとするらしい。
變だ、變だと思つてたら、矢張り大變なことだつた。皆この頃どうかしてるのだな。實に恐しいことだ。何故君達は小學生の癖に女なんてことを考へるのだ。ええ、君達はまだ面白半分に誰か馬鹿野郞の眞似してるのだらうが、これだけはよく知つて置き給へ。君達も近いうちに世の中へ出るのだから、よくよく憶えて置き給へ。凡そ世の中から落伍したり失敗したりする人間は、すべてみんな女が原因(もと)なのだ。人間が腐敗したり、墮落する第一步はみんな、みんな女からなのだ。とにかく女は敵と思つてゐれば間違ひはない。實際恐しいことだ。君達の年頃でもう女の何のて以ての外だ。それから吉田、君は今日殘つてゐ給へ。
康雄は四疊半の勉强部屋に坐つてゐた。生暖かい雨がぼたぼたと軒を打つ夜だ。風が吹くと雨の音がさあつと亂れる。その風も暖かい。湯上りの所爲ばかりではなく、二月と云ふのにまるで春のやうな、雨の音を聞いてゐると何だか恍惚(うつとり)とする。庭の草もこれで芽を出すのだらう。雨がぺちやぺちや枯木を舐めてゐる。いや雨はぺちやくちや喋つてゐるのだ。そのお喋りを聽いてゐると、試驗準備のことを忘れる。眼の前の靑い壁は電燈の明りで雲母の破片がキラキラ光つて、まるで大空の星のやうだ。神樣、僕に贔屓して試驗を合格させ給へ。ええ、くそ、ふんわり、ふんわり歌でも唱ひたくなる。この間街角で犬が交尾してゐた。犬は鼻を笛のやうに鳴らしてた。しかし僕は羽根が生えてふんわりふんわり飛んで行きさうだ。羽根が生えたら天使ぢやないか。天使の顏はみんな女で、眼なんかまるで夢のやうだ。雨の音がひどくなつた。縋つてゐる机が何だか船のやうに想へる。船は溫泉場を後に夜の海を進んだ。まつ黑な波が舷に嚙みついて、その船が搖れた。大きな波と波の谷間に人魂が出た。その靑い光が姉の顏になつた。姉さん、御免よ、――しかし何を詑びてるのかはつきりしない。アーオ、アーオ、おや、この雨に猫が屋根で啼いてやらあ。
吉田が眞先に走つて山野と康雄と高が續いた。早く行かないと燃えるところが見えないてので、皆一生懸命だ。火葬場の繩張りのところへ來ると、康雄はハアハアと呼吸をきらせた。呼吸がきれて咽喉がヒリヒリした。しかし火事はまだ終つてゐなかつた。柱がみんな黑焦げになつて、壁が落ちて向ふが透いて見えた。焰がめらめらとあちこちから舌を出す。晝の火事で陽炎が出來、空が不思議に美しく見える。四人とも感心して聲を放たぬ。やがて焰が全部消え、消防が去ると、四人は始めて歸らうと氣づいた。夜の方が奇麗だね、と高が云ふと、××××××××××✕、と吉田が云つた。火事場の陽炎がまだちらちらと眼の前にあるやうな氣持で、康雄は何も云はなかつた。
[やぶちゃん注:底本の標題の「焰」の字体は、ここでは特異的に「グリフウィキ」のこれとなっている。 本篇を以って原民喜作品集「焰」は終わる。作中、康雄の姉が亡くなるシークエンスが出るが、これは原民喜の次姉ツル(大正七年没)を失った経験に基づく。「五月雨」とあるから、一度、中学受験に失敗した(後注参照)同年の五月のロケーションである。
「自棄起した」「やけおこした」。
「もし來年の入學試驗に失敗したら」事実、原民喜は大正七(一九一八)年三月に、県立広島師範学校付属中学校の入試に失敗している(同年四月に広島師範学校付属小学校高等科に入学後、翌大正八年四月に再受験して合格した)。
「彼の父は姉より二年前に死んでゐた」原民喜の父信吉は大正六(一九一七)年二月に胃癌のために亡くなっている。二年は数えとすれば、不審ではない。
「捩ぎ除つた」「もぎとつた(もぎとった)」(捥ぎ取った)と訓じていよう。
「甘げつたらしい」「あまげつたらしい(あまげったらしい)」と訓ずるか? 「(如何にも)あまっちょろい(問題)」の謂いか?
「睥んで」「にらんで」。睨んで。
「舷」「ふなばた」或いは「ふなべり」と訓じておく。
「×××××××××××」不詳。子どもの台詞で、検閲による伏字とも思われない。原民喜自身による意識的な伏字と採っておく。
【2023年2月23日追記・以下追加】 以下の「後記」は青土社版にはない。]
後 記
この小册子に集めた多くの短篇はこの二年間に出來上つたものである。ただし、「焚いてしまふ」「四月五日」「淡雪」の三篇は大正十五年の作である。
昭 和 十 年 一 月
[やぶちゃん注:以下、奥附であるが、電子化しない。]