原民喜作品集「焰」(正規表現版) 遍歷
遍 歷
植民地を殖(ふや)すのだとか、鐵道を敷設するのだとか云ふ譬喩で、新しく友達を作ることを彼は說明するのであつた。少年が靑年になると、進取的な氣象が芽生え、新たなる環境と展望の下に、すべてがみごとに進行して行くものだ。彼は自分の頭腦の工場へ現實社會からいろんな原料を運んで來て、其處で加工した品を口の港からどしどし植民地諸君へダンピングした。――かう云ふ自己中心の觀點が何時までも續けばよかつた。
やがて工場にはストライキが起り、或る植民地は反旗を掲げ、鐵橋はダイナマイトで壞された。醜惡なる戀愛と云ふものはかくも靑年を盲目にするものであるか。
油のきれた機械を見捨てて、工場主はルンペンとなつて街から街へほどこしを求めて步いた。自己の頭腦を見限つて放浪することは、何時も彼を安易なその日暮しの上機嫌にさせた。
…………そして時が流れた。彼は今、頭腦の皺のどの部分からでも、あらゆる過去の斷片が引出せるやうにカード式に整理しようと焦つた。秋の嵐におびただしく吹き散らされるポプラの葉を川添ひの工場の附近で無心に拾つた子供でその昔彼はあつた。

