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2017/12/09

老媼茶話巻之六 一目坊

 

     一目坊

 

 最上の侍、辻源四郎といふもの、なやめる事ありて塔の澤の湯へまかりけるに、いづくより來(きた)る共(とも)知れず、六拾斗(ばかり)の僧、是も、ひとつに、湯入(いり)けるが、諸國にて、さまざま珎敷(めづらしき)物語をする間、源四郎、申(まうし)けるは、

「我等は最上のものにて候が、病氣にて是(これ)へ湯治致し、則(すなはち)、此湯の向ひの家に宿をかり、罷在(まかりあり)。折節、隙(ひま)の節、おとづれ、語り玉へ。」

といふ。

 僧、聞(きき)て、「忝(かたじけなく)候。夜さり、可參(まゐるべし)。」

とて、其日のくれがたに尋來(たづねきた)り、いつものごとく、物語をなし、酒茶過(すぎ)て、夜もふけ、坊主、歸る折、僧の曰、

「我等は明曉(みやうげう)、最早、歸り申(まうす)にて候。われら住申(すみまうす)寺も、程近く候。前の谷川の水上へ登りはてゝ、杉のむら立(だち)の候。其杉原を二里斗(ばか)來(きた)り給へば「一目寺」と申(まうす)古寺の候。所がら、物ふり、殊(ことに)、靜(しづか)に淋敷(さびしく)、一詠(いちえい)の御工夫(ごくふう)の便(たより)ともなり申(まうす)べし。近々、おとづれ玉へ。」

とて、わかれける。

 四、五日ありて、源四郎、若黨を呼(よび)、

「日外(イツゾヤ)、我(わが)かたへ來りし僧の住(すむ)山寺、今日のつれづれに、たづねみばや。」

といふ。若黨、申(まうす)は、

「今日は、そらもうらゝかに候。思召立(おぼしめしたち)おわしませ。」

とて、主從、四、五人にて前の谷川の水上を尋登(たづねのぼ)れば、僧のおしゑし杉のむら立(だち)あり。

 それを、はるばると分行(わけゆけ)ば、實(げ)にも山陰に、崩れ、かたむきたるふる寺あり。さながら、人の住(すむ)とも見へず。

 源四郎、先達(さきだつ)て、若黨を遣(つかは)し、案内をいゝ入(いれ)けるに、十二、三の小(こ)かつしき、立出(たちいで)て、

「それより。」

といふ。

「辻源四郎、御見廻申(おみまはしまうす)。」

といふ。かつしきの曰、

「あるじの僧は、きり嶋が嶽參り候得ば、四、五日は歸り申まじ。」

と云(いふ)。

 若黨、かつしきを見るに、ひたひに、大きなる眼、壱ツ有(あり)。

 若黨、たまげ、歸り、源四郎に、このよしを語る。

 源四郎、不思義におもひ、急ぎ、寺へ行(ゆき)、客殿を見るに、一目の小僧共、四、五人、あつまり、人の首を取(とり)あつめ、

「壱。」

と、かぞへ、竹かご入るゝ。

 勝手へまはり見るに、面(おもて)赤き禿(かむろ)の一眼(ひとつめ)なるが、弐、三人、いろりをめぐり、人の首を、十四、五、火にくべ、あぶり居たるが、源四郎主從をみて、

「又、首數がふへたるよ。」

と、いふ。

 源四郎、大きに驚き、主從飛(とぶ)がごとく、急ぎ宿へ歸り、主(あるじ)を呼出(よびいだ)し、前々のことども、かたる。

 あるじ、聞(きき)て大(おほき)に驚き、

「それは大魔所にて候得ば、誰(たれ)も行(ゆく)人なく候。たまたま、道にふみ迷ひ、行至(ゆきいた)る人の、命たすかるは、なく候に、不思義の御命助り、御仕合(おしあはせ)にて候。先(まづ)、爰元(ここもと)を、はやく御立(おたち)候べし。」

と申しける間、源四郎、彌(いよいよ)肝をつぶし、早々、取急(とりいそ)ぎ、最上へ歸りける。

 

[やぶちゃん注:「最上」出羽国(羽前国)最上郡全域(現在の山形県新庄市周辺)と村山郡の一部(現在の北村山郡大石田町・村山市・河北町)を統治した新庄藩であろう。

「なやめる事」直ぐに命には関わらないものの、何らかの難治性疾患と思われる。

「塔の澤の湯」不詳。最上という起点地名と、現存しないと思われる温泉名では、ロケーション自体が判らぬ。ただ、本条を現代語訳しておられる山ン本眞樹氏のサイト「座敷浪人の壺蔵」の「一目寺」では、ここを『磐梯山の麓の塔の沢温泉』と訳しておられる。本「老媼茶話」のロケーションとしてはしっくりくるのだが、国土地理院の地図を拡大して見てもこの「塔の沢」も「塔の沢温泉」も見出せない。取り敢えず山ン本(恐らくは「稲生物怪録」のそれであろうから「さんもと」と読むものと思われる)氏のそれを採用させて戴こうと存ずる。同定証左を知っておられる方があれば、是非、御教授を乞う。

「夜さり」夜。「夜去り」で「去り」は時間が経過して「~が来る・~になる」の意の普通の動詞「さる」(去る・避る)の名詞化。私は中学高校時代を富山県高岡市伏木で過ごしたが、あちらの方言で「夜」のことを今も「よさり」と言う。

とて、其日のくれがたに尋來(たづねきた)り、いつものごとく、物語をなし、酒茶過(すぎ)て、夜もふけ、坊主、歸る折、僧の曰、

「杉のむら立(だち)」杉の木が有意に固まって茂り生えている場所。

「一目寺」上手い手法だ。表題「一目坊」は確かに「ひとつめばう(ひとつめぼう)」と読む者は多かろうが、本文にこれが出て来ると、誰も初めっから「ひとつめじ」とは読むまい。そう読めば、主人公の源四郎も異様に思うであろうが、そんな雰囲気は全く出て来ないからである。されば我々もつい無意識に「いちもくじ」で読んでいるに違いない(題名のおどろおどろしさを、もう、忘れて、である)。それがさても、「そうか! 一つ目だ!」と膝を打った時にはこれ、既にして三坂の怪異の語りのマジックに搦め獲られてしまっているという寸法なのである。

一詠(いちえい)の御工夫(ごくふう)の便(たより)」詩歌俳諧などを一吟おひねりになる、その感懐の一つの手立てや素材。

「日外(イツゾヤ)」面白い当て訓である。

「思召立(おぼしめしたち)おわしませ」「『思い立ったが吉日』とも申しますれば、お遊びにお出で遊ばされませ。」。

「小(こ)かつしき」「かつしき」は「喝食」で現代仮名遣で「かっしき」。「かつ」は「唱える」の意。「しき」は「食」の唐音。狭義には、禅宗寺院に於いて食事を摂る際(規律では午前中に一度だけ)、食事の種別や進め方を僧たちに告げながら給仕をすること。また、その役に当たる未得度の者を指すが、後に禅宗に限らず、学問・仏道の修行のために寺に預けられて先の作業を務めた有髪(うはつ)の稚児(ちご)のこと。多くは僧の男色の相手とされた。ここはそれに「小」がついているから、幼童・年少の少年である。

「それより。」私はこれは後の若党の応答から見て、「どちらから?」或いは「どちらさまで?」という問いかけではないかと採る。

「辻源四郎、御見廻申(おみまはしまうす)。」底本は、この「辻源四郎」を地の文として前に出している。しかし、このシーンでは源四郎は離れた位置にいるのであるから、それは頗るおかしいことになる。されば、これは若党の台詞と採るべきである。則ち、「我らが主人、辻源四郎、和尚にお目見え申し上げんがため、参上仕った。」と言う伝言告知であると採る。

「きり嶋が嶽」これが磐梯山のピークにあればいいのだが、知らぬ。

「くべ」「燒(く)べる」。]

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