原民喜作品集「焰」(恣意的正字化版) 川
川
彼の家は川端にはなかつたが、彼の生れた街には川が流れてゐた。彼の記憶にも川が流れてゐた。
雪が東京の下宿屋の庭を埋めた日、床のなかで彼は遠くの川を想つた。
春が來て彼は故郷へ歸つて川上を步いてみた。川にみとれながら、川にみとれた記憶にみとれながら。
ある日、東京から友達が來たので彼は何氣なくその男に川上の風景を案内した。友達は一向興もなさげに彼について步いた。
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