芥川龍之介 手帳8 (22) 《8-26》
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《8-26》
○今日寺を存在せしむるものは
monks にあらず 檀徒なり 檀徒の妄をひらく事は坊主攻擊にまさる 法域を護る人々の缺點なり
OLassalle の悲劇
[やぶちゃん注:「Lassalle」ドイツの社会主義者で労働運動指導者であったフェルディナンド・ラサール(Ferdinand Lassalle 一八二五年~一八六四年)のことか。富裕なユダヤ商人の子として生まれ、ブレスラウ・ベルリン両大学で法律と哲学を学び、ヘーゲル哲学の影響を受け、さらに社会主義思想も知るようになった。 ウィーン体制の崩壊を招いた一八四八年革命にはライン地方で参加し、逮捕された。また、この頃、マルクスと知合っている。その後、哲学や法学の著作に没頭したが、一八五九年頃より、政治的活動を再開、憲法闘争を始めとして、プロシアのさまざまな政治闘争に関与し、社会主義運動を指導した。 一八六二年に「賃金鉄則」を唱える「労働者綱領」(Arbeiterprogramm)を発表、一八六三年には「公開答状」を書いて労働者の組織化を目指し、「全ドイツ労働者協会」(現在の「ドイツ社会民主党」の母体の一つ)を組織し、その会長となった。彼は普通選挙の実現と国庫による生産協同組合の実現という、国家を通しての社会主義化を目指した(「夜警国家」という語があるが、これは自由主義国家に対して彼が使った異称である)。彼自身は、マルクスを財政的に支援するなど好意的であったが、マルクスらはビスマルクと密談を持つといった彼の政治スタイルや国家観に反発していた。最期は女性問題に絡んだ決闘による死亡であった(以上は「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。]
○僕等は僕等の短所は萬人に共通とし 僕等の長所は僕等のみにありとしてゐる
○天國はせざる事の後悔にみち 地獄はなせる事の後悔にみつ
○lover の寫眞を持ちて死ぬ その lover の寫眞は實際以上に美しくうつりし photo なり 兩方(lovers)が持ちてもよし
[やぶちゃん注:よく判らぬが、以上の三条も、前のフェルディナンド・ラサール(とすればの話)のメモかも知れない。]
○荷車ひきに加セイシ却ツテ罵ラル 後ソノ荷車ヒキ炭俵ヲ人アツカヒス 好意を感ず
[やぶちゃん注:大正一六(一九二七)年一月発行の雑誌『文藝春秋』に発表したアフォリズム風随想「貝殼」の「九 車力」の素材メモ(リンク先は私の古い電子テクスト)。
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九 車 力
僕は十一か十二の時、空き箱を積んだ荷車が一臺、坂を登らうとしてゐるを見、後ろから押してやらうとした。するとその車を引いてゐた男は車越しに僕を見返るが早いか、「こら」とおほ聲に叱りつけた。僕は勿論この男の誤解を不快に思はずにはゐられなかつた。
それから五六日たつた後、この男は又荷車を引き、前と同じ坂を登らうとしてゐた。今度は積んであるのは炭俵だつた。が、僕は「勝手にしろ」と思ひ、唯道ばたに佇んでゐた。すると車の搖れる拍子に炭俵が一つ轉げ落ちた。この男はやつと楫棒を下ろし、元のやうに炭俵を積み直した。それは僕には何ともなかつた。が、この男は前こごみになり、炭俵を肩へ上げながら、誰か人間にでも話しかけるやうに「こん畜生、いやに氣を利かしやがつて。車から下りるのはまだ早いや」と言つた。僕はそれ以來この男に、――この黑ぐろと日に燒けた車力に或親しみを感ずるやうになつた。
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○イツカオツカサンと云つてゐる話
Omaterniré の話
[やぶちゃん注:「maternité」フランス語。「母性・妊娠・産科」の意があるが、ここは「懐胎」か。しかし前条との絡みを考えると、断定は出来ない。]
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