進化論講話 丘淺次郎 第九章 解剖學上の事實(2) 二 哺乳類の前肢
二 哺乳類の前肢
獸類の中には、犬・猫の如く單に地上を走るものもあれば、鼴鼠の如く地中を掘つて進むものもあり、蝙蝠の如く空中を飛ぶものもあれば、鯨の如くに海中を泳ぐものもある。それ故、その運動の器官も各々形狀が違ひ、犬・猫では四足ともにたゞ棒の如き形である。鼴鼠では前足は地を掘るに適するやうに短くして幅廣く、恰も鋤の如くであり、蝙蝠の前足は飛ぶために翼の如き形をなし、鯨の前足は泳ぐために鰭となつて居るが、斯く外形は働きの異なるに隨つて種々に相違して居るに拘らず、皮を剝き、肉を除いて、骨のみとして比べて見ると、實にその構造の根本的仕組の一致せるに驚かざるを得ぬ。
[やぶちゃん注:「鼴鼠」「もぐら」。]
[哺乳類の前肢
イ 人 ロ 犬 ハ 鯨 ニ 蝙蝠 ホ 鼴鼠]
先づ比較の基として人間の上肢を檢するに、肩と背との間には、上膊骨といふ骨が一本あり、背と手首との間には前膊の骨が二本竝んであり、手首の處には腕骨といつて豆のやうな骨が八つばかりもあり、手の甲の中には掌骨が五本竝び、その先に各々指の骨が附いて居る。我々は手を以て物を握ることが出來るのは、親指と他の四本の指とが稍々離れて相對して動くからである。猿も同じく物を握り得るもの故、骨の形狀・配置は人間と殆ど違はぬ。犬になると、たゞ步くばかり故、指も五本ともに全く竝列し、且親指だけは特に短く、足の先端まで竝んで居るのは他の四本だけである。犬・猫などは步行するときに常に前足は地に觸れて居るが、その際地面に觸れるのはたゞ指ばかりで、恰も我々が足の指先で爪立(つまだ)つときの如くである。而して我々の掌に相當する處は骨が五本とも皆長く合して一束となつて、恰も腕の續の如くに見える。次に鼴鼠の前足の骨を調べて見ると、こゝにも骨の數の揃つてあることは、犬や人間と少しも異ならず、またその配置の順序も全く同樣であるが、一々の骨の長さ・太さの割合には大きな差がある。先づ我々の上膊骨に當る骨も、前膊の骨も、皆甚だ短く、殆ど肩の中に埋もれてあるから、鼴鼠の前足は恰も手首から先だけを直に肩の處に附けたやうに見える。斯く根元の部分の短きに反し、掌骨・指骨は共に十分に發達し、その末端には太い爪が生えて居るから、土を掘るには極めて適當である。
[やぶちゃん注:「爪立(つまだ)つ」のルビは原典では『つまつ』とあるが、誤植と断じ、特異的に訂した。講談社学術文庫版も『つまだ』とルビしている。]
蝙蝠の前足は翼の形をなして居るが、その骨の數や列び方は人間・犬・鼴鼠などと少しも違はず、たゞ各片ともに著しく細長く延びたばかりである。上膊骨・前膊骨ともに非常に長いが、その中前膊の方は二本ある骨の中一本だけが發達し、他は恰も髮の如くに細くなつて、たゞ痕跡を留めるに過ぎぬ。指の骨は實に比較にならぬ程に延びて、細い竹竿の如くになり、その間に薄い膜が張つて居るから、全く蝙蝠傘そのまゝで、非常に廣い面積を有し、空中を飛ぶのに最も有功である。蝙蝠の翼と鼴鼠の前足とでは、外形は非常に違ふが、斯く比較して見ると、蝙蝠のこの骨は鼴鼠のあの骨に相當するといふやうに、一々比べることが出來て、何方にも決して餘る骨も足らぬ骨もない。
鯨の鰭は外形だけを見ると、少しも人間・猿の上肢にも、犬・猫・鼴鼠の前足にも、また蝙蝠の翼にも似た處はない。獸類の足には何本かの指が必ずあり、その先に爪が生えて居るのが定まりであるが、鯨の鰭には少しも指の境もなければ爪もなく、單に魚類の鰭の通りに見える。然るにその骨骼を檢すると、肩の次にはやはり上膊骨に相當する一本の骨があり、次には前膊に相當する二本の骨があり、それより先には腕骨・掌骨・指骨等に相當する多數の骨が五列をなして竝んで居るから、我々の手と一向違はぬ。たゞ種々の骨が皆太く短く、孰れも同樣の形をして、その間の相違が甚だ少く、且我々の肘・手首に相當する關節も、指の節々の間の關節も殆ど屈伸せず、たゞ鰭全體が彈力性を以て多少屈曲することが出來るばかりである。
[海豹の骨骼]
海豹(あざらし)・膃肭獸(おつとせい)の類も同じく海の中に住んで居るが、これらは時々陸上にも出るもの故、身體の外形も、手足の構造も尚餘程陸獸らしい處があつて、鯨ほどには魚に似ない。例へば前足は短く扁平で、大體に於ては鰭の形をなして居るが、五本の指が判然と解り、役に立たぬながらも皆爪が立派にある。鯨の鰭と人間の手とでは鯨り相違が甚だしい故、或は比較に困難を感ずる人があるかも知れぬが、その間に膃肭獸の前足を挾んで、順を追うて比較して見ると、ここに述べた比較が誤でないことは誰にも明に解るであらう。
[やぶちゃん注:「海豹」: 哺乳綱食肉(ネコ)目イヌ亜目鰭脚下目アザラシ科 Phocidae のアザラシ類。アザラシ科は十属十九種からなり、頭蓋骨及び四肢骨の特徴から、モンクアザラシ亜科Monachinae(主に南半球に棲息)とアザラシ亜科 Phocidate(主に北半球に棲息)に分けられている(ミナミアザラシ亜科・キタアザラシ亜科とも呼ぶようである)。日本近海で見られる種(迷走個体を除く)はアザラシ亜科のゴマフアザラシ属ワモンアザラシ Phoca hispida・同属ゴマフアザラシ Phoca largha・同属クラカケアザラシ Phoca fasciata・同属ゼニガタアザラシ Phoca vitulina・アゴヒゲアザラシ属アゴヒゲアザラシ Erignathus barbatus の五種である。耳介がない点でアシカ類(次注参照)と区別される。
「膃肭獸」はママ。現在は通常「膃肭臍」と書く。鰭脚下目アシカ科オットセイ亜科 Arctocephalinae のオットセイ類で、キタオットセイ属 Callorhinus とミナミオットセイ属 Arctocephalus に分かれる。アシカ科 Otariidae にはアシカ類とオットセイ類が含まれ、耳介があること、四脚で体を支えて陸上を移動できること、前脚を鳥の翼のように羽ばたくことで遊泳出来ることなどはアシカ科特有の特徴であるが、アシカ類(アシカ亜科 Otariinae)よりはやや小振りで、ビロード状の体毛が密生していることがオットセイの特徴である(ここはウィキの「オットセイ」に拠った)。なお、「膃肭臍」という漢字名は、アイヌ語で「オットセイ」を意味する「onnep」又は「onnew」(オンネップ・オンネプなどと音写する)となどに、彼らと交易のあった中国商人らにより「丸々太った」を意味する漢語「膃肭」がその発音に当て漢字され、オットセイの♂の生殖器(或いは腎臓ともされる)が強壮効果を持った漢方薬として「膃肭」の「臍」(へそ)と名づけられ、その漢方薬が日本に流入したことに拠るものとされている。但し、現在の中国語ではオットセイは「海狗」であるので注意されたい。]
さて斯くの如く飛ぶための蝙蝠の翼も、泳ぐための鯨の鰭も、外形こそ著しく違ふが、内部の骨駱が同一の仕組になつて居るのは何故であらうかと考へて見るに、若し蝙蝠は初めより飛ぶものとして、鯨は初めより泳ぐものとして、天地開闢の時から各々別々に出來たとしたならば、少しも意味の解らぬことで、たゞ奇妙といふの外はない。飛ぶためには翼が必要であるが、その骨が人間の手の骨と同一の仕組でなければならぬといふ理窟は少しもない。また泳ぐためには鰭が必要であるが、その骨が大の前足の骨と數も竝び方も揃はねばならぬといふ理窟は少しもない。若し器械師に飛ぶ器械を造れ、泳ぐ器械を造れとたゞ命じたならば、器械師は單に各々その目的に適ふやうに造るから、目的の全く違つた器械は出來上つた後に少しも互に相似た處はない筈である。然るに實際蝙蝠の翼や鯨の鰭を見ると、恰も人の手や大の前足を器械師に渡して、之を引き延ばしたり、壓し縮めたり、削つたり、打擴げたりして、飛ぶ器械と泳ぐ器械とに造り直せと命じたかと思はれる程で、外形だけは各々その目的に適ふやうに互に著しく相異なつて居るが、根本の仕組には少しも相違がない。之はどうしてもこれらの動物が皆共同の先祖より降り、各々相異なつた方向に進化し來つたので、斯くの如く形狀が相違するに至つたものであると考へなければ、その理由を解することが出來ぬ。
[やぶちゃん注:ここに収斂(しゅうれん)進化(convergent evolution:複数の異なる系統や群の生物が、同様の生態的地位に就いた際に系統に関わらず、身体的特徴が似通った姿に進化する現象)を持ち出して進化論に反論するあなたは、実はもう基本としての進化論を認めていることになるので、墓穴を掘ることとなる。他に平行進化(parallel evolution:異なった種において、似通った方向の進化が見られる現象)を持ち出すのは、もっと致命的で、平行進化という考え方自体が、①異なる系統の生物間で進化に関して同様の傾向が認められる現象を指す場合と、②祖先が共通でそこから分れた系統間に平行進化が認められる現象をも、ともに指すからである。平行進化の結果が収斂である場合もあれば、ない場合もあるからである。孰れにせよ、これらの考え方は進化論を前提として、その観察的な例外のように見えるものを論理的に説明するために附則された進化論補説なのである。]
若しこれらの動物が總べて共同の先祖より進化し降つたものと見倣さば、以上の如き事實はたゞ説明が出來るといふばかりでなく、是非斯くならなければならぬといふことも解る。先づ如何なる先祖から降つたものであるかと考へて見るに、自然淘汰の説に從へば、共通の點は共同の先祖から代々遺傳で傳はつたので、互に相異なる點は違つた外界の有樣に適するやうに變化し來つた結果と見て大抵差支がないから、鼴鼠の肩の中、鯨の鰭の中までに、上膊骨・前膊骨の存在して居る所から推せば、共同の先祖にはこれらの骨が皆具はつて、肩の關節、骨の關節なども完全に働き、指は五本あつて、節々が相應に動いたものに違ないが、獸類共通の性質を具へた上に背の關節が動き指が五本あつたとすれば、陸上の獸類と見なければならぬ。なぜといふに、魚の鰭に節がないのを見ても知れる通り、水中の游泳には鰭の途中に關節のある必要がない。たゞ撓(しな)ひさへすれば宜しいからである。鰭の中程に關節があつては、恰も腰の折れた團扇の如くで、却つて働きをなす上に妨げとなるであらう。
犬・猫・鼴鼠・蝙蝠・膃肭獸・鯨等の共同の先祖が實際如何なる形のものであつたかは素より確には解らぬが、兎に角五本の指を具へた陸上の獸であつたと假定すれば、それより後のことは略々推察することが出來る。卽ちその子孫の中一部分は食物を海に求め、代々最も游泳に適した構造を具へたもののみが生き殘り、また他の一部分は地中に餌を求めて代々最も地を掘るに適した構造を有するものだけが生き殘るといふやうな具合に、子孫が幾組にも分れ、自然淘汰の結果、各々その生活の狀態に適したものが出來たと考へられる。素より之は推察に過ぎぬこと故、詳細の點は明には解らぬが、かやうに考へれば、初め不思議に思つた事柄も、大體に於ては滿足の出來るだけに、その理由を解することが出來る。この考を除いては到底何とも説明の仕樣はない。
また以上説いた如くに、實際進化し來つたものとすれば、恰も共同の先祖といふ一種の既に存在して居た動物を取つて、之を自然淘汰といふ器械師に渡し、之を基として飛ぶもの、泳ぐものなどを造れと命じたと同樣であるから、外形は各々その働きに適するやうに相異なつたものが出來るが、根本の仕組は相同じからざるを得ない。斯く考へれば、實際蝙蝠の翼、鯨の鰭等に於て見る構造は、單に説明が出來るといふのみならず、この外には出來ぬものであるといふ考に達する。實際と理論の豫期する所とが斯く一致する以上は、先づその理論を正當なものと見倣し置かねばならぬ。
[ペングィン]
南アメリカの南部の海岸には「ペングィン」と名づける大きな海鳥が居るが、その翼は他の鳥に見る如き羽毛が全く無くして、鱗の如きもので蔽われて居る。それ故、外見も殆ど鳥の翼とは見えず、寧ろ海龜の前足の如くに見えるが、倂し鳥類の胸の兩側に生じてあるもの故、翼なることは誰にも明瞭である。さてこの翼は鳥の體の大きさに比べると甚だ小く、且羽毛がない故、全く飛ぶ役には立たぬが、水中に潛れば之を用ゐて游泳し、魚類を追い廻す有樣は、恰も飛ぶが如くである。元來、鳥類の飛翔の器官であるべき翼は、この鳥ではその作用が一轉して游泳器官となつたが、翼の表面を蔽える鱗の如きものを詳細に調べて見ると、各々やはり羽毛には相違なく、たゞその軸の根元だけが殘つた如き有樣である。之も尋常の翼を具へて飛ぶ力を有した先祖から降つたものと見倣さなければ、説明の仕樣がない。
[やぶちゃん注:「ペングィン」英語の「penguin」の発音は「péngwɪn」で、ネイティヴの発音を聴いても、現行の「ペンギン」より、この「ペングィン」の方が極めて正しく音写していることが判る。]
一體に海鳥には飛ぶよりも寧ろ泳ぐ方が主である所から、翼の短く小くなつた種類が澤山にあつて、我が國の海岸にも海雀・海烏などといふ翼の甚だ短い鳥が幾らも居るが、これらの鳥は單に波の表面に身體を引き摺りながら飛ぶだけで、殆ど立派に飛ぶとはいへぬ程である。烏や鳩の如き善く飛ぶ鳥の發達した翼を以て、直に水中を游ぐ道具に用ゐることは出來ぬが、短く小くなつた翼は、水の中で動かせば游泳の助けにならぬこともない。而して一且游泳の器官として役に立つやうになつた上は、自然淘汰の結果、益々游泳に適する形狀に進む譯である。同一の器官でも初めは飛ぶため、後には游ぐためといふ如くに、途中で作用が變ずると、その時から淘汰の標準が變ずるから、形狀も前とは全く別の方向へ向つて變ずることになる。鯨の前足が鰭の形となつたのも、編幅の前足が翼の形となつたのも、皆この通りの往路を蹈んで進化し來つたものであらう。
[やぶちゃん注:「海雀」チドリ目ウミスズメ科ウミスズメ属ウミスズメ Synthliboramphus antiquus(或いはその近縁種)。ウィキの「ウミスズメ」によれば、『北太平洋に分布する。おもに千島列島からアリューシャン列島、アラスカ西部などの島嶼部で繁殖するが日本でも天売島(北海道留萌支庁苫前郡羽幌町)、三貫島(岩手県釜石市)などで少数が繁殖するとみられる。冬も繁殖地周辺の海上で過ごすが南下するものもおり、北日本各地の海上で冬鳥として見られる。九州や南西諸島でも記録がある』。体長は二十五センチメートルほどで、『首が短く体は丸っこい。雌雄同色で頭は黒、首と腹は白、背中と翼は灰黒色をしている。夏羽では後頭部に白い模様が現れる』。『非繁殖期は』十『羽ほどの小さな群れで行動する。普段は沖合いの海上に浮かんで生活するが、たまに港などに現れる。潜水して魚類や甲殻類を捕食する』。『繁殖期には海岸の岩の隙間に巣を作る。普通』、一腹で二卵、ときには一卵。第一卵産卵後、二~三日後に第二卵を『産むといわれている。ヒナが孵化すると親鳥は』一~二『日のうちにヒナを巣から海へ連れ出し、以後は巣に戻らず』、『海上でヒナを育てる』。『捕食行動は魚を追いかけ時には水深』四十メートルもの深さまで潜水することが出来る。『この時に定置網や刺し網に引っ掛か』ってしまい、『脱出できずに死ぬケースが週に数羽』~『十数羽になる事もある』という、とある。
「海烏」チドリ目ウミスズメ科ウミガラス属ウミガラス Uria aalge。現生のウミスズメ類(ウミスズメ科 Alcidae)の中では大型種。ウィキの「ウミガラス」によれば、『北太平洋と北大西洋、北極海に広く分布する。日本周辺では樺太の海豹島』、『海馬島』、『ハバロフスク周辺』、『北方領土の歯舞群島』『に分布し、冬期には本州の北部まで南下する』。体長は四十センチメートルで、体重も千百六十グラムあり、カナダ西海岸から日本沿岸にかけて分布する亜種』Uria inornataは『ウミスズメ科の中で最大である。背中が暗褐色で、腹は白い。冬羽では頬のあたりまで白い部分が増える。くちばしは長く、脚は尾の近くにあって、翼も尾も短く、陸上で直立歩行をする姿はペンギンを想像させる』。『大西洋に分布するウミガラスには目の後ろ側に白い線の入った個体群がいる』。『ウミガラスの外見は』同属の『ハシブトウミガラス』(ウミガラス属ハシブトウミガラス Uria lomvia)『によく似るが、背の色は黒いハシブトウミガラスより薄い印象を受ける。くちばしの先端のくびれが緩やかで、根元に白い線がない。夏羽では胸の白い羽毛が喉元に切れこまないこと、冬羽では頬まで白くなることなどで区別する』。『水中では翼で羽ばたいて泳ぎ、水深』五十メートル(最深記録は百八十メートルという)を三分間ほど『潜水できる。ただし』、『脚が体の後方にあるため、陸上を歩くのが苦手である。巧みに潜水してイカ、シシャモら稚魚、イカナゴ、カジカ、ギンポなどを捕食する。雛に給餌する場合、半分のどに入れた状態で繁殖地へ戻る』。『飛ぶ』際には、『短い翼を高速で羽ばたき、海面近くを飛ぶ』。『繁殖期には無人島や陸生の捕食者が近づけないような崖や崖の上に集団でコロニー(集団繁殖地)を作る。密度は最大で』一平方メートル当り二十羽にもなる。『多くの個体の繁殖開始年齢は』五『歳で、少なくとも』二十『年は繁殖が可能である』。『巣を作らず』、『岩や土の上に直接』一『個産卵する。卵が失われた場合』、一『度だけ産み直すことがある』。『卵は他の鳥に比べると一端が尖っており、「セイヨウナシ型」と呼ばれる。この形状は転がっても』、『その場で円を描くようにしか転がらないため、断崖から落ちにくい。平均抱卵日数は』三十三日で、ヒナは生後平均二十一日間は『繁殖地にとどまり』、『親鳥の半分くらいの大きさでまだ飛べないうちに繁殖地から飛び降り』て『巣立ちし、以後』二『ヶ月は海上で親鳥の世話を受ける』。『かつては北海道羽幌町天売島、松前町渡島小島』、『ユルリ島』、『モユルリ島』『で繁殖し、その鳴き声から「オロロン鳥」と呼ばれていた。しかし、漁網による混獲、観光による影響、捕食者の増加、エサ資源の減少などにより数が減少したと考えられている』。二〇一〇『年には天売島』に十九『羽が飛来し』、『数つがいが繁殖するのみであった』。二〇〇四年から二〇一〇年までの繁殖の成功は二〇〇八年の三羽のみであり、『国内の繁殖地が失われる危機にある。天売島では繁殖地の断崖にデコイや音声装置を設置し、繁殖個体群の回復の試みがおこなわれている』。『繁殖失敗の原因の一つはハシブトウミガラスやオオセグロカモメ』(チドリ目カモメ亜目カモメ科カモメ属オオセグロカモメ Larus schistisagus)『による卵や雛の捕食である。オオセグロカモメは大型のカモメで近年数を増加しており』、『漁業や人間の廃棄物を餌として利用してきたことがその原因の可能性がある。天売島では捕食者であるオオセグロカモメがウミガラスの個体数よりも多く、他の繁殖地よりもウミガラスへの捕食圧が高いことを示唆している。実際に、天売島のウミガラスは過去に繁殖していた赤岩・屏風岩・カブト岩などの開けた場所では繁殖しなくなり、捕食者の攻撃から卵や雛を守り易い狭い岩のくぼみなどで音声やデコイによって誘引されながらかろうじて繁殖をしている状況である』とある。]