芥川龍之介 手帳8 (8) 《8-8》
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《8-8》
○Une femme throws a bag onto the
net-shelf. Delicat.
[やぶちゃん注:「Une femme」のみフランス語。「一人の女性が(列車の)網棚にバッグを抛り投げる。繊細。」の意。]
○棚梨の莟靑める餘寒かな
[やぶちゃん注:ここにのみ載る芥川龍之介の俳句。]
○地堺に針金張れる餘寒かな
[やぶちゃん注:ここにのみ載る芥川龍之介の俳句。]
○朝日二十の箱の中に螢を入れ穴をあけて送る(空氣を入れる)
[やぶちゃん注:「朝日二十」二十本入りの煙草の銘柄。明治三七(一九〇四)年に「敷島」・「大和」・「山桜」とともに口付紙巻き煙草の銘柄の一つとして販売開始された。広く国民に親しまれた銘柄で、夏目漱石が愛用していたことでも知られる。]
○Millet 大作――前の川――100圓――私設鐵道の株 賣らず
[やぶちゃん注:「種蒔く人」(Le
Semeur 一八五〇年が最初で複数あり)「晩鐘」(L'Angélus 一八五七年~一八五九年)「落穂拾い」(Les
Glaneuses 一八五七年)などで知られるフランスのバルビゾン派の画家ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet 一八一四年~一八七五年)。
「前の川」不詳。ミレーの作では水辺というと、“Enfants paysans à un étang d'oie”(「鵞鳥の池の百姓の子供たち」)があるが、あれは川じゃない、池じゃて。]
○鷄卵湯――甘し
[やぶちゃん注:卵湯(たまごゆ:玉子湯)のことであろう。鶏卵を掻き混ぜて砂糖を加え、熱湯を注ぎかけた飲み物である。]
○茶菓子代り――
[やぶちゃん注:旧全集ではここは前とセットで『鷄卵湯。甘し。茶菓子代り。』となっている。卵湯の性質から見ると、新全集の分離(独立項)の方が正しいように思われる。]
○study
○Doctor ―― studio 式窓 疊 天井なくして屋根 矢板石 小刀
[やぶちゃん注:「studio 式窓」当時の写真スタジオにような非常に大きな窓であろう。昔の写真館では人口光やストロボがなく、自然光を使うしかなかったことから、画家のアトリエと同じように北側窓で安定した自然光が降り注ぐようにした傾斜式になっている窓などが採用された。]
○遊走腎 紐のゆるめるもの 腫物かと思ふ
[やぶちゃん注:「遊走腎」(ゆうそうじん)は内臓下垂症の一種。腎臓は呼吸・体位により正常人でも生理的に二~五センチメートルの範囲内で上下に移動するが、この範囲を超えて移動する場合を指す。一般に右腎に著明で、二十~四十歳の体形的に痩せた女性に多くく見られるとされる。腎臓又は腰部の鈍痛時に仙痛・頻尿・排尿痛などの膀胱の症状や悪心(おしん)などの消化器的症状の他、種々の神経症状をも訴え、血尿・膿尿などが見られることもある。症状が軽い場合は腹帯や肥満療法で軽快することが多いが、症状が著しい場合や、合併症を伴うケースでは腎固定術を行うことがある(以上は小学館「日本大百科全書」に拠った)。
「紐のゆるめるもの」遊走腎の症状を言っているようだが、よく判らない。]
○瓣膜病の故障 肺動脈瘤 大動脈瓣
[やぶちゃん注:「瓣膜病の故障」心臓弁膜症(心臓にある四つの弁(僧帽弁・大動脈弁・肺動脈弁・三尖弁)が炎症や外傷などによって血流を妨げられて心臓の活動に様々な支障を来たすもの)のことを言っていよう。狭窄症(弁が癒合して狭くなり、弁が開く際に血流が妨げられる症状)と閉鎖不全症(弁が閉鎖する際に不完全に閉鎖するため、血液の逆流現象が起きる症状)の二種がある。主に多く見られるのは僧帽弁と大動脈弁のそれぞれの症例で、二つ以上の弁に障害ある場合は連合弁膜症と称する。
「肺動脈瘤」動脈瘤のなかでは非常に稀れで症例報告も少ないが、この瘤破裂は致死的とされる。
「大動脈瓣」大動脈弁は心臓の左心室(模式図では向かって右下)から大動脈への血液の流出路にある弁で、左心室が収縮すると同時に開いて血液を上方の大動脈へ送り出し、左心室が拡張すると同時に閉じて、血液の逆流を防止する。三つの弁尖(べんせん)から成る。]
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