一 南アメリカとアフリカとオーストラリヤ
[南アメリカに固有な動物
(一)ヤマ (二)なまけもの (三)大蟻食 (四)アルマヂロ]
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像を使用。この挿絵は講談社学術文庫版では掲載されていない。各動物の注は本文注で行う。]
南アメリカは大部分熱帶にあるが、南の方は溫帶で最も南の端は殆ど北に於けるカムチャッカと同じ緯度まで達して居るから、その間には氣候の隨分違つた處があり、樹木が繁茂して人の入れぬやうな森林もあれば、薪にする木がないから據なく馬糞を燃す程の廣い平原もあつて、土地の模樣は實に種々であるが、この地に産する動物界を見ると、全部に通じて一種固有の特色がある。その著しいものを擧げて見れば、前頁の圖に示した如く、森林の中には、「なまけもの」というて、猿の如き形を有し、四足の爪を樹の枝に懸け、背を下に向けて步き、木の葉を食する類があり、平地には「アルマヂロ」というて、狸位の大きさで、全身に堅牢な甲を被り、土を掘つて蟲を食ふ類があり、山の方には「ヤマ」・「アルパカ」などといふ駱駝と羊との間の如き獸類が居る。また大蟻食(おほありくひ)というて長い舌を以て蟻のみを舐めて食うて居る相應な大獸が居る。その他猿類も居るが東半球の猿とは全く違ふて、別の亞目に屬する。鳥類にはアメリカ駝鳥などが最も有名である。總べてこれらの類には多くの種類があつて、各々適宜な處に住んで居て、その地方では皆普通なものである。
[やぶちゃん注:「なまけもの」哺乳綱異節上目有毛目ナマケモノ亜目 Folivora に属し、現生種はミユビナマケモノ科 Bradypodidae のミユビナマケモノ属ノドチャミユビナマケモノ Bradypus variegatus・ノドジロミユビナマケモノ Bradypus tridactylus・タテガミナマケモノ Bradypus torquatus の三種、フタユビナマケモノ科 Megalonychidae のフタユビナマケモノ属ホフマンナマケモノ Choloepus hoffmanni・フタユビナマケモノ Choloepus didactylus の二種の計五種。図のそれは前肢の指が三本あるので(フタユビナマケモノ科の二種は前肢の指が二本で後肢のそれが三本)、ミユビナマケモノ科の孰れかである。
「アルマヂロ」哺乳綱獣亜綱異節上目被甲目 Cingulata アルマジロ科 Dasypodidae の属する種群で現生種は一目一科。見た目は爬虫類的である。ウィキの「アルマジロ」によれば、『北アメリカ南部からアルゼンチンにかけて分布し』、『最大種はオオアルマジロ』(Chlamyphoridae亜科オオアルマジロ属オオアルマジロ Priodontes maximus)で体長は七十五~一メートルに達し、尾長は五十センチメートル、体重三十キログラム。最小種はヒメアルマジロ(アルマジロ科ヒメアルマジロ属ヒメアルマジロ Chlamyphorus truncatus)で体長十センチメートル、尾長三センチメートル、体重百グラムである。『全身ないし背面は体毛が変化した鱗状の堅い板(鱗甲板)で覆われている。アルマジロ (Armadillo)という英名はスペイン語で「武装したもの」を意味する armado に由来する。時には銃弾を跳ね返すほどの硬度も有して』おり、『敵に出会うと、丸まってボール状になり身を守ると思われているが、実際にボール状になることができるのはミツオビアルマジロ属 Tolypeutes の』二『種だけである』。『夜行性で、主に嗅覚に頼って餌を探し、シロアリなどの昆虫やミミズ、カタツムリ、ヘビなどの小動物を食べる。敵に襲われると』、『手足を引っ込め、硬い甲羅で身を守る。地下に穴を掘って巣を作り、暑い日中は巣穴の中で眠って過ごす。前足には長く鋭い爪があり、穴掘りに適した体の構造になっている』とある。挿絵のそれはちゃんと描かれていない可能性を視野に入れて、思うに、北米大陸南部から南米大陸にかけてアルマジロ科の中でも最も広範囲に棲息している、則ち、最も目につきやすく、知られているココノオビアルマジロ Dasypus novemcinctus ではないかと私は推測する。本種は背部に八本から十一本の帯状の部位を持つことから標準値の九本で「九帯(ここのおび)」の和名がついたとされているが、尾部の有意に下がる位置までの幅のある帯状甲を数えると、確かに十一あると見えるからである。
「ヤマ」哺乳綱偶蹄目核脚亜目ラクダ科ラマ属リャマ Lama glama。「ラマ」とも音写する。近縁の動物として、次に掲げるアルパカ・ビクーニャ(ラクダ科ビクーニャ属ビクーニャ Vicugna vicugna)・グアナコ(ラマ属グアナコ Lama guanicoe)がおり、グアナコを家畜化したものがリャマと考えられてはいる(確かに似ている)。但し、現地ではこれらの動物よりもリャマの飼育数が圧倒的に多い。
「アルパカ」ラクダ科ビクーニャ属アルパカ Vicugna pacos。初めての海外旅行のペルーでしっかり唾を吐きかけられたが、可愛い奴だ。
「大蟻食(おほありくひ)」哺乳綱有毛目アリクイ科オオアリクイ属オオアリクイ Myrmecophaga tridactyla。概ね、中米ホンジュラス以南から南アメリカ中部までに棲息する。ウィキの「オオアリクイ」によれば、体長一メートルから一・二〇メートル、尾長六十五~九十センチメートル、体重十八~三十九キログラムで、『吻端を除いた全身が粗く長い体毛で被われる。尾の体毛は』三十『センチメートルに達する』。『喉や胸部から肩にかけて白く縁取られた黒い斑紋が入る』。『尾も含めた下半身の体毛は黒や暗褐色』。『吻端は非常に長く、嗅覚も発達している。舌は細長く、最大で』六十一『センチメートルに達する』。『舌は唾液腺から分泌された粘着質の唾液で覆われる。眼や外耳は小型だが』、『聴覚は発達している。前肢の指は』五『本で、湾曲した』四『本の大きな爪があり特に』第二指及び第三指で顕著であるが、第五指は退化しており、『外観からは』、『わからない』。『代謝能力は低く、体温は摂氏三十二・七度と低い。二〇〇三年に『発表されたミトコンドリアDNAの16S rRNAの分子系統解析では、本属とコアリクイ属Tamanduaは』千二百九十万年前に『分岐したという解析結果が得られ』ている。『低地にある草原(サバンナ、リャノなど)、沼沢地、開けた森林などに生息する』。地表に棲み、単独生活をする。『昼間に活動することもあるが、人間による影響がある地域では夜間に活動する』。『地面に掘った浅い窪みで』一『日あたり』十四~十五『時間は休む。寝る時は体を丸め、尾で全身を隠すように覆う。移動する時は爪を保護するため、前肢の甲を地面に付けて歩く』。『泳ぎは上手い。外敵に襲われると』、『尾を支えにして後肢だけで立ちあがり、前肢の爪を振りかざし相手を威嚇する』。『それでも相手が怯まない場合は爪で攻撃したり』、『相手に抱きつき』、『締めあげる』。『天敵としてはジャガーなどが挙げられる』。『食性は動物食で、主にアリやシロアリを食べるが、昆虫の幼虫、果実などを食べることもある』。『匂いを頼りに巣を探して前肢の爪で破壊する。その後、舌を高速で出し入れ』(一分間に百五十回)』『して捕食する』一『日で約』三万『匹のアリやシロアリを食べると推定されて』いるが、一『つの巣から捕食する量は少なく』、一『回の捕食に費やす時間も平均で』一『分ほど』と意想外に非常に短く、『複数の巣を徘徊し』ては摂餌を行う。これは、一回の捕食量を少なくすること、複数の巣を徘徊すること、によって『行動圏内の獲物を食べ尽くさないようにしていると考えられている』。直接、水を飲む『こともあるが、水分はほとんど食物から摂取する。属名Myrmecophagaは「蟻食い」の意』。繁殖様式は胎生。妊娠期間は』百四十二~百九十日で、一回に一頭の『幼獣を後肢だけで直立しながら産む』。『授乳期間は約』六『か月』で、『幼獣は生後』一『か月ほどで歩行できるようになる。生後』六~九『か月は母親の背中につかまって過ごす』。生後』三『年で性成熟する』。『寿命は約』十六『年と考えられている』。『食用とされたり、皮革が利用されることもある』。『薬用になると信じられている地域もある』。『生息地の破壊、攻撃的な動物と誤解されての駆除、毛皮用や娯楽としての狩猟などにより生息数は減少している』。『一方で、危機を感じた際には、前足にあるカギ爪をふりかざして防衛行動に出ることがあり』、二〇一四年には『ブラジルで猟師』二『名が』(別々な事例)『死亡した例がある』とある。
「猿類も居るが東半球の猿とは全く違ふて、別の亞目に屬する」現行では亜目ではなく、下目で分けられており、これらは哺乳綱霊長(サル)目直鼻猿亜目真猿下目広鼻小目 Platyrrhini に属する広鼻猿類で、南米に棲息するグループであることから、これらの群を総称して一般に「新世界ザル」(New
World monkey)と呼んだりもする(これに対し、ユーラシア及びアフリカに分布する同じ直鼻猿亜目 Haplorrhini でも狭鼻小目 Catarrhini に属する狭鼻猿類の内、ヒト上科 Hominoide に属する類人猿(テナガザル・オランウータン・ゴリラ・チンパンジー類)及びヒトを除いた、オナガザル上科Cercopithecoidea に属するオナガザル亜科 Cercopithecinae・コロブス亜科 Colobinae のオナガザル類(例:マントヒヒ・ニホンザル・マンドリル等)とコロブス類(例:テングザル・ハヌマンラングール・キンシコウ等)を総称して「旧世界ザル」(Old World monkey)と呼ぶ)。以下、ウィキの「広鼻下目」より引く。クモザル(クモザル(蜘蛛猿)科 Atelidae)・マーモセット(オマキザル科マーモセット亜科マーモセット属
Callithrix)など、約五十種が現生する。『鼻の穴の間隔が広く、穴が外側に向いていること』を特徴とする。『アジアやアフリカにすむ狭鼻下目(旧世界ザル)とは独立して進化したが、両者には社会構造や習性などに共通点が見られる。これは平行進化によるものである。たとえば、旧世界ザルのコロブスと、新世界ザルのクモザルは、ともに前肢の親指が退化してしまっている。旧世界ザルのフクロテナガザル』(狭鼻下目ヒト上科テナガザル科フクロテナガザル属フクロテナガザル Symphalangus)『と新世界ザルのホエザル』(真猿下目広鼻小目クモザル科ホエザル亜科ホエザル属
Alouatta)『は、発声器官が発達し、非常に大きな声を発する。さらに、旧世界ザルのチンパンジー・ヒトと、新世界ザルのオマキザル』(広鼻下目オマキザル上科オマキザル科オマキザル亜科オマキザル属 Cebus)『は、知能がたいへん発達しており、道具を使用する。以上のように、多くの平行進化の例が、旧世界ザルと新世界ザルの間で見られる』。『新世界ザルは中新世にはアジア・アフリカに住む旧世界ザルとは既に分岐していた。この時代の南米大陸は海によって周囲から隔絶された島大陸であった。そのため新世界ザルの祖先は海を経由して他の大陸から南米に渡ってきたと考えられる。小型のサル類ならば流木等に乗って漂着できた可能性も高いためである。当時、北米大陸においてはサル類が既に絶滅していた。そのため南米の新世界ザルの祖先はアフリカ大陸から大西洋経由で南米大陸に渡って来たとの説が有力であるが(アフリカ大陸と南米大陸は当時は既に分裂していたが、両大陸間の大西洋は現在よりは狭く距離は近かった)、北米のサル類が絶滅する直前に南米に渡ってきて進化した可能性もある』。『霊長類真猿下目の狭鼻下目(旧世界ザル)と広鼻下目(新世界ザル)とが分岐したのは』三千~四千『万年前と言われている』。『広鼻下目のヨザル』(ヨザル(夜猿)科 Aotidae)は一色型色覚であるが、『ホエザルは狭鼻下目と同様に』三『色型色覚を再獲得している』『とされている。他方、ホエザルは一様な』三『色型色覚ではなく、高度な色覚多型であるとの指摘もある』。このヨザル及びホエザル類を除き、『残りの新世界ザル(広鼻下目)はヘテロ接合体のX染色体を』二『本持つメスのみが』三『色型色覚を有し、オスは全て色盲である。これは』、『狭鼻下目のようなX染色体上での相同組換えによる遺伝子重複の変異を起こさなかったためである』とある。
「アメリカ駝鳥」鳥綱レア目レア科レア属レア Rhea Americana とダーウィンレア Rhea
pennata の二種(前者は五亜種)。アルゼンチン北東部や東部・ウルグアイ・パラグアイ・ブラジル・ボリビアに棲息する。ダチョウ(ダチョウ目ダチョウ科ダチョウ属ダチョウ Struthio camelus)に非常によく似ているが、全くの別種である。頭高は一・二~一・五メートル、体重二十~二十五キログラムであるが、最大三十キログラムほどまで達し、南米最大の鳥である(ダーウィンレアはやや小さめ)。羽毛は灰色を呈し、腰や翼下面は白い。参照したウィキの「レア(鳥類)」によれば、『長い首と長い脚、灰褐色の羽毛を持つ』『大型の走鳥類で』、『飛べない鳥ではあるが』、『翼は大きく、走っているときには帆のように打ち振られる』とあり、ますます見た目は駝鳥ではある。]
[アフリカに固有な動物
(一)麒麟 (二)羚羊 (三)駝鳥 (四)河馬]
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像を使用。この挿絵は講談社学術文庫版ではやはり掲載されていない。各動物の注は同じく本文注で行う。]
大西洋を東へ渡つて、アフリカに行つて見ると、動物界が全く違ふ。アフリカも大部分は熱帶であるが、南の方は溫帶で、日本などと氣候は餘り違はぬ。アフリカといへば直に沙漠を聯想するが、實際は深い森もあり、廣い野原もあり、單に地形からいへば、南アメリカと大同小異であるに拘らず、そこに産する動物には一種として南アメリカと共通なものはない。アフリカ産の著しい動物は獅子・象・河馬・騏麟・駱駝・大猩々[やぶちゃん注:「だいしやうじやう(だいしょうじよう)」。「ゴリラ」のこと。]・狒々[やぶちゃん注:「ひひ」。]・羚羊[やぶちゃん注:「れいやう(れいよう)」。学術文庫版では『かもしか』とルビされているが、これは厳密には非常な誤りである。後注を必ず参照されたい。以下も「れいよう」で読まれたい。]・穿山甲[やぶちゃん注:「せんざんこう」。]・駝鳥の類で、特に羚羊の如きは何百種もあるが、これらの動物は必ずしも南アメリカに移しては生活が出來ぬといふやうなものではない。生活の有樣を比較して見ると、アメリカ駝鳥と眞の駝鳥とは善く似たもので、その住處を取り換へても、差支へは餘りなからうかと思はれ、アルマヂロも穿山甲も、爪が發達して地を掘り餌を搜すもの故、略々同樣な處に生活が出來さうである。その他玲羊をラプラタの平原に移し、ブラジルの猿を西アフリカの森に移しても、氣候や食物の上には不都合もない譯であるが、實際に於ては、太洋一つを隔てれば、同樣の地勢の處に同樣の生活を營んで居る動物が皆別の目、別の科に屬するものである。
[やぶちゃん注:「獅子」 哺乳綱食肉目ネコ科ヒョウ属ライオン Panthera leo。
「象」ここは哺乳綱長鼻目ゾウ科アフリカゾウ属アフリカゾウ Loxodonta africana。
「河馬」哺乳綱鯨偶蹄目カバ科カバ属カバ Hippopotamus amphibius。
「騏麟」鯨偶蹄目反芻亜目 Pecora 下目キリン科キリン属キリン Giraffa camelopardalis。
「駱駝」ここは哺乳綱ウシ目ラクダ科ラクダ属ヒトコブラクダ Camelus dromedarius。
「大猩々」哺乳綱霊長目直鼻亜目 Simiiformes 下目 Catarrhini 小目ヒト科ゴリラ属ニシゴリラ(タイプ種)Gorilla
gorillaとヒガシゴリラGorilla
beringei。
「狒々」霊長目直鼻猿亜目高等猿下目狭鼻小目オナガザル科オナガザル亜科ヒヒ属 Papio。
「羚羊」アンテロープ(Antelope)。哺乳綱獣亜綱ウシ目(旧偶蹄目)ウシ亜目ウシ科 Bovidaeの哺乳類の内、ウシ亜科 Bovinae・ヤギ亜科 Caprinae を除いたものの総称。一般には、乾燥した草原を棲息地とし、脚は細長く、走るのが速い。角の形状はさまざまで、♂のみが有したり、♂♀ともにある種もある。アフリカからインド・モンゴルにかけて分布する。インパラ(ウシ科インパラ属インパラ Aepyceros melampus)・エランド(ウシ亜科エランド属エランド Taurotragus oryx)・ヌー(ウシ科ハーテビースト亜科 Alcelaphinae ヌー属のオグロヌー
Connochaetes taurinus 及びオジロヌー Connochaetes gnou の二種)・オリックス(ウシ科ブルーバック亜科 Hippotraginae オリックス属オリックス Oryx gazella)・ガゼル(ウシ科ブラックバック亜科 Antilopinaeブラックバック族ブラックバック亜族ガゼル属 Gazella)などがそれであるが、日本では誤ってウシ亜目ウシ科ヤギ亜科 Caprinae のカモシカ類(ヤギ族 Caprini 以外のサイガ族 Saigini・シャモア族 Rupicaprini・ジャコウウシ族 Ovibovini のに属する種群の総称)と混称されてきた。「かもしか」は漢字表記で「氈鹿」の他に「羚羊」が当てられた結果であるが、先に述べた通り、羚羊(レイヨウ・アンテロープ)の定義はヤギ亜科 Caprinae を除いているので、〈カモシカは羚羊(レイヨウ)ではない〉のである。
「穿山甲」ここは哺乳綱ローラシア獣上目有鱗(センザンコウ)目センザンコウ科 Manidae(現生種は一目一科)の内、インドから東南アジアにかけて棲息するセンザンコウ属 Manis四種を除いた、アフリカセンザンコウ類のオオセンザンコウ Manis gigantea・サバンナセンザンコウ Manis temminckii・キノボリセンザンコウ Manis tricuspis・オナガセンザンコウ Manis tetradactyla の四種となろう。全長約一メートル、尾長は四十センチメートル内外。体は鱗で蔽われ、一見、爬虫類を思わせる。歯を持たず、長い舌を使ってアリ・シロアリを舐め取る。夜行性で土中や岩の間の穴に営巣する。危険な事態に遭遇すると、体を球状に丸める性質がある。
「駝鳥」ダチョウ目ダチョウ科ダチョウ属ダチョウ Struthio camelus。
「ラプラタ」ここはアルゼンチンとウルグアイの間を流れるラ・プラタ川(スペイン語:Río de la Plata:カタカナ音写:リオ・デ・ラ・プラタ)の氾濫原を中心とした広大な平原を指す。]
[オーストラリヤ地方に固有な動物
(一)大カンガルー (二)エミウ (三)鴫駝鳥]
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像を使用。この挿絵は講談社学術文庫版ではやはり掲載されていない。各動物の注は同じく本文注で行う。]
更に印度洋を越えてオーストラリヤに行つて、その動物界を見ると、この度はまた實に驚くべき相違を發見する。オーストラリヤ大陸は南半球の熱帶から溫帶に跨り、北端の木曜島邊は眞の熱帶であるが、南部のシドニー・メルボルン等の大都會のある處は、極めて氣候の好い處であるから、氣候の點からいへば南アメリカ・アフリカと著しい相違はない。然るにこの地に産する獸類は孰れを見ても總べてカンガルーと同樣に、子を腹の袋に入れて育てる類ばかりで、他の地方では決して見ることの出來ぬものである。この類は通常合して一目としてあるが、その中の種類を調べると、實に種々雜多の形をしたものがあつて、殆ど他の大陸の獸類の各種を代表して居る如くで、栗鼠(りす)の如くに巧に木に登つて果實を食ふものもあり、鼠の如くに種子を齧(かじ)るものもあり、「むささび」の如くに前足と後足との間に皮膚の膜があつて、空中を飛んで行くものもあり、猿の如くに四足を以て枝を握るものもあり、狼の如き齒を有する猛獸もあり、河獺(かはうそ)の如き蹼(みづかき)を具へて水中を泳ぐものもあつて、その種類は到底枚擧することは出來ぬ。圖に掲げてある普通の大カンガルーは廣い野原に住んで草などを食ふもの故、習性からいへば、先づ牛・羊などに似たもので、小形のカンガルーは略々兎の代りともいふべきものである。その他獸類でありながら、卵を生むので、非常に有名な「鴨の嘴」もたゞこの地方のみに産する。また鳥類も「エミウ」・「リラ鳥」・「塚造り」等を始として、殆ど他國には類のないものばかりで、河には角齒魚(第二六〇頁插圖參照[やぶちゃん注:これは先の「第九章 解剖學上の事實(4) 四 血管並に心臟の比較」の中で示した『肺魚類の一種』の図を指す。名称は後注を参照)といふ一種奇妙な肺を有する魚が居る。
[やぶちゃん注:「大カンガルー」「カンガルー」ここは言い方から、哺乳綱有袋上目双前歯(カンガルー)目カンガルー形亜目カンガルー上科カンガルー科カンガルー亜科カンガルー(マクロパス)属 Macropus としてよい。
「エミウ」鳥綱ヒクイドリ目ヒクイドリ科エミュー属エミュー Dromaius novaehollandiae。ウィキの「エミュー」より引く。『オーストラリア全域の草原や砂地などの拓けた土地に分布している。周辺海域の島嶼部にも同種ないし近縁種が生息していたが、現生種の』一『種のみを除いて絶滅したとみられている』体高は約一・六~二メートル程で、体重は四十~六十キログラムと大きく重いが、『体重はヒクイドリ』(ヒクイドリ目ヒクイドリ科 ヒクイドリ属ヒクイドリ Casuarius casuarius:飛べない・世界一危険な鳥と知られ、インドネシア・ニューギニア・オーストラリア北東部の熱帯雨林に分布する。後脚の刃物のような鉤爪は人や犬を殺傷する力を持つ)『には及ばない。見た目はダチョウに似るが、ややがっしりした体躯で、頸から頭部に掛けても比較的長い羽毛が生えている。また、趾(あしゆび)は』三『本であり、先に丈夫な爪を備えている。幼鳥の羽毛には縞模様があるが、成長すると縞が消える。成鳥はオス、メスいずれも同様に全身の羽毛が灰褐色になるが、所々に色が剥げたり濃くなったりしている箇所があり、泥で汚れているかのように見える。エミューの羽はヒクイドリと同じく』、二本で一対という『特徴を持っている』。『翼は体格に比してきわめて小さく、深い羽毛に埋もれているため』、『外からはほとんど視認できない。ダチョウ、ヒクイドリ、レアななどと比べると、最も退化した形であり、長さは』約二十センチメートル、『先端には』一『本の爪が付いている』。『卵はアボカドのような深緑色で、長さは』十センチメートル程、重さは約五百五十~六百グラム、とある。
「鴫駝鳥」(しぎだちやう(しぎだちょう))はニュージーランド固有種(国鳥)で「飛べない鳥」と知られる、鳥綱 Aves 古顎上目Palaeognathae キーウィ目 Apterygiformes キーウィ科Apterygidae キーウィ属 Apteryx のキーウィ(Kiwi)類の旧和名。「第九章 解剖學上の事實 一 不用の器官」で既出既注。
「栗鼠(りす)の如くに巧に木に登つて果實を食ふもの」双前歯目クスクス亜目 halangeroidea 科クスクス科 Phalangeridae のクスクス類か。但し、彼らは果実も食うが、主食は葉である種が多い。但し、次の「鼠の如くに種子を齧(かじ)るもの」も同じような感じで、丘先生は無論、完全に別種の生物種を想起されているわけだが、これだけでは種同定は困難である。しかも双前歯目クスクス亜目 Phalangeriformes に属する多様な小・中型の樹上動物種をオーストラリア区(オーストラリア及びニューギニア島・スラウェシ島域)では「ポッサム」(Possum)と呼び、ここに出る二種もその中に含まれるのでは、と私はちらりと思っている(何故、ちらりかというと、丘先生の「鼠の如くに種子を齧(かじ)るもの」というのは樹上性でない可能性があるからである。なお、ウィキの「ポッサム」によれば、『オーストラリアではポッサムのことをオポッサム』(Opossum)『ということがあり、北米ではキタオポッサム』(哺乳綱オポッサム目オポッサム科オポッサム亜科オポッサム属キタオポッサム Didelphis virginiana)『のことをポッサムということがある。しかし、オポッサムは分類学的にはオポッサム目オポッサム科で、同じ有袋類であるという以上には近縁ではない』とあるので注意が必要)。ところが、そのオーストラリア区でのポッサム(Possum)はクスクス科 Phalangeridae・リングテイル科 Pseudocheiridae・ブーラミス科 Burramyidae(総称ピグミーポッサム Pygmy Possum)・フクロミツスイ科フクロミツスイ Tarsipes rostratus(一属一種)・フクロモモンガ科 Petauridae・チビフクロモモンガ科ニセフクロモモンガ Distoechurus pennatus など三十種に及ぶので、同定は、これ、お手上げ万歳フクロのネズミという訳である。当初、「鼠の如くに種子を齧(かじ)るもの」は、形状から、コアラの近縁の地上性種である双前歯目ウォンバット科 Vombatidae を比定候補に考えたのだが、彼らはコアラ同様、植物の葉や根ばかり食っているので当てはまらない。
『「むささび」の如くに前足と後足との間に皮膚の膜があつて、空中を飛んで行くもの』恐らくは双前歯目フクロモモンガ上科フクロモモンガ科 Petauridae のフクロモモンガ属オーストラリア固有のマホガニーフクロモモンガ Petaurus gracilis であろう。樹間を通常三十メートル、最大で六十メートルまで滑空可能である。生物学的には全くの別系統であるムササビ(哺乳綱齧歯(ネズミ目リス亜目リス科リス亜科 Pteromyini 族ムササビ属 Petaurista)
との外観上の類似性は収斂進化によるもの。
「猿の如くに四足を以て枝を握るもの」双前歯目 Vombatiformes 亜目コアラ科コアラ属コアラ Phascolarctos cinereus であろう。
「狼の如き齒を有する猛獸」ヒトが絶滅させてしまった哺乳綱獣亜綱有袋上目オーストラリア有袋大目フクロネコ目フクロオオカミ科フクロオオカミ属フクロオオカミ Thylacinus cynocephalus のことであろう。ウィキの「フクロオカミ」によれば、『オーストラリアのタスマニア島に生息していた、哺乳類・フクロネコ目の大型肉食獣』。一九三六年に絶滅した、(本「進化論講話」の初版は明治三七(一九〇四)年一月に東京開成館から発行され、底本はその新補改版の第十三版で大正一四(一九二五)年九月刊行である。まだ、その時には彼らは生きていたのである)。『タスマニアオオカミの別名があるほか、背中にトラを思わせる縞模様があることから、タスマニアタイガーとも呼ばれる。有袋類ではありながらオオカミにあたるニッチを占めている、いわば「袋を持つオオカミ」であり、収斂進化の代表例としてしばしば取り上げられる』。本種は四百万年前に『はじめて出現したが、フクロオオカミ科の他種の出現は中新世初期にまで遡り』、一九九〇『年代前半からこれまでに少なくとも』七『種の化石が、オーストラリア、クイーンズランド州北東部のローンヒル国立公園』『で見つかっている』。『見つかっている』七『の化石種のなかで最も古いのが』二千三百万年前に『出現したNimbacinus
dicksoniで、それ以降の時代の同科の種よりは非常に小さかった』。最大種はThylacinus
potensで、『タイリクオオカミほどの大きさにもなり』七『種のうちでは唯一』、『中新世後期まで生き延びた』。『更新世と完新世にかけては、本記事で扱うフクロオオカミが、多数ではないものの、オーストラリアとニューギニア全土に広く分布していたと考えられている』。『収斂進化の一例として挙げられる本種は北半球に生息するイヌ科』(食肉目イヌ型亜目イヌ下目イヌ科 Canidae)『の種と、鋭い歯や強力な顎、趾行性や基本的な体の構造など、様々な類似点を持っている。イヌ科の種が他所で占めているようなニッチ(生態的地位)を本種はオーストラリアにおいて占めていたため、それぞれ似通った特徴を獲得したのである。それにも関わらず』、『本種は、北半球のどんな』同形状・同生態の『捕食者とも遺伝的に近縁ではない』。『広い草原や森を主な生息地としていた』。『単独またはつがいで行動し、日中は木や岩の陰で過ごし、日が暮れてから狩りに出かけた。ワラビーなどの小型哺乳類を主に捕食していたと考えられている』。『もともとフクロオオカミは、オーストラリア大陸やニューギニア島を含めたオーストラリア区一帯に生息していたが』、三『万年前人類が進出してくると、人類やその家畜だったディンゴ』(イヌ科イヌ亜科イヌ族イヌ属タイリクオオカミ亜種ディンゴ Canis lupus dingo。と種を示し得るものの、事実上は「野犬」と同義である)『との獲物をめぐる競争に敗れ、人類の到達が遅くディンゴの生息しなかったタスマニア島のみに生き残ることになった。この状況は、タスマニアデビル』(フクロネコ目フクロネコ科フクロネコ亜科タスマニアデビル属タスマニアデビル Sarcophilus harrisii。私がタスマニアで撮った彼ら。1・2・3)『同様であった』。『大航海時代が訪れ、ヨーロッパから入植者が住み着くようになると、彼らのヒツジなどの家畜を襲うフクロオオカミを目の敵にした』一八八八年から一九〇九年まで『は懸賞金がかけられ』、二千百八十四頭もの『フクロオオカミが虐殺されたという』。一九三〇年、『唯一と思われる野生個体が射殺され、次いでロンドン動物園の飼育個体が死亡し、絶滅したと思われたが』、一九三三年、『野生個体が再度捕獲。ホバートの動物園に移されるも』、一九三六年に『死亡し、絶滅となった』。
「河獺(かはうそ)の如き蹼(みづかき)を具へて水中を泳ぐもの」既出既注 の哺乳綱原獣亜綱単孔目カモノハシ科カモノハシ属カモノハシ Ornithorhynchus anatinus。現生種は一科一属一種。
「小形のカンガルー」ワラビー(wallaby)。これは先に示した有袋類(フクロネズミ目Marsupialia)のカンガルー科 Macropodidae に属する動物のうち、カンガルー類よりも小さな種に対して一般的に使われる名称で動物学的な分類ではないが、現地ではしばしば用いられ(タスマニアに旅した際には明らかに現地ガイドが「カンガルー」と「ワラビー」をあたかも種を区別するかのように使っていた。私の撮ったワラビ―の母子)、明確な定義付けはないものの、約三十種ほどをかく呼称している。ウィキの「ワラビー」によれば、『カンガルーに比べ、後ろ足が小さく尾が短い。しかし、後ろ足で跳躍し移動すること、育児嚢で子供を育てることなど、基本的な習性はカンガルーと同じである』とある。
は略々兎の代りともいふべきものである。その他獸類でありながら、卵を生むので、非常に有名な「鴨の嘴」もたゞこの地方のみに産する。また鳥類も「エミウ」・「リラ鳥」・「塚造り」等を始として、殆ど他國には類のないものばかりで、
「角齒魚」この名称(「かくしぎょ」と読んでおく)は脊索動物門脊椎動物亜門: 顎口上綱肉鰭綱肺魚亜綱 Dipnoi のハイギョ類が板状で非常に硬い「歯板」と呼ばれる歯を有すことによる。ウィキの「ハイギョ」によれば、『これは複数の歯と顎の骨の結合したもので貝殻も砕く頑丈なもので』、彼らは獲物の咀嚼を何度も繰り返し、一旦、口から出した後、『唾液とともに吸い込むという習性を持つ。現生種はカエル、タニシ、小魚、エビなどの動物質を中心に捕食するが、植物質も摂食する。頑丈な歯板は化石に残りやすいため、歯板のみで記載されている絶滅種も多い。ハイギョの食道には多少の膨大部はあるものの、発達した胃はない。このためにじっくりと咀嚼を繰り返す』のである、とある。なお、ここで問題としている種は分布から自動的に肺魚亜綱ケラトドゥス目 Ceratodontiformesケラトドゥス科ネオケラトドゥス属オーストラリアハイギョ Neoceratodus forsteri に同定される。]
單に獸類だけに就いて論じても、オーストラリヤ大陸では、前に述べた通り山を見ても、野を見ても、森にも、河にも、目に觸れるものは、皆腹に袋を有する類ばかりで、他の目に屬する獸類は一種もないが、全體この大陸は他の獸類の生活に適せぬかといふに、決してさやうではない。羊を飼へば非常によく繁殖して、今では世界の主なる牧羊地となつて居る。また兎を輸入すれば忽ち一杯に繁殖して持て餘す程になつた。鼠も增加し、之に伴つて猫も增加し、兎を退治するために外國から持て來て放した鼬(いたち)も非常に殖えて、兎以外の鳥獸に大害を加へるに至つた所などから見ると、この地は實に如何なる獸類の生活にも最も適した處といはねばならぬ。然るに實際に於ては、西洋人が移往するまでは、たゞカンガルーの一族が蔓延つて居るのみで、世間普通の獸類は一種もなかつた。たゞ野犬が一種あつたが、之は確に他から紛れ込んだもので、本來この地に産したものではない。
動物には各々固有な性質のあるもので、寒國だけに適したものもあれば、熱帶でなければ生活の出來ぬものもあり、森の中だけに棲むものもあれば、野原だけに居るものもある。それ故寒國と熱帶とで動物の違ふのは少しも不思議ではない。また森の中と野原とで動物の違ふのも全く當然である。倂し同じ氣候で、同じく生活に適した處でありながら、大洋を一つ隔てる每に、斯くの如く鳥類・獸類が全く違つて、一種として同一のものが居ないといふのは、如何なる譯であるか。之には何か特別の理由が無ければならぬことである。
動物は總べて共同の先祖から進化し、樹枝狀に分れ降つて、今日見る如き多數の種屬が出來たもので、その進化し居る間に、土地の昇降があつて、初め陸續の處も後には切れて離れ、初め半島であつた處も後には島となつて、その開に廣い海峽が出來たりしたと見倣せば、その結果は如何といふに、獸類や陸上鳥類の如きは、陸地の連絡のない處には移住する力のないもの故、今まで廣く分布して居たものも、途中に陸地の連絡が絶えれば、そのときから交通が全く絶えて、海のあちらとこちらとでは全く無關係に別々に進化を續けることになる。斯くなれば雙方とも各々その地の狀況に隨ひ、適するものが生存し、適せぬものが死に失せて、同種内の個體の競爭によつて種屬が進化し、異種間の競爭によつて、各種の運命が定まり、敗けて亡びるものもあれば、勝つて榮えるものもあつて、長い年月を歷た後には、あちらの動物界とこちらの動物界とを比較して見ると、孰れも最も適したものが生存したには違ないが[やぶちゃん注:「ちがひないが」。「ひ」は脱字が疑われる。]、その種類は全く相違するに至るべき譯である。この考を以て南アメリカ・アフリカ・オーストラリヤ等の動物を比較して見ると、略々明瞭に理解することが出來る。
ヨーロッパ・アジヤ等に於て、今まで掘り出された化石を調べて見ると、最も古いものは、皆「カンガルー」の族ばかりで、その頃には他の獸類はまだ全く無かつたらしい。尤も象程の大きさのものもあり、犬位のものもあつて、種類の數は澤山に知られてあるが、皆今日のカンガルー類に固有な特徴が具はつて居る。それ故、その頃には獸類といへば、たゞこの類ばかりであつたものと見倣すより外はないが、假にこの時代まで、オーストラリヤはアジヤ大陸と地續であつたのが、この頃に至り土地の降ること、浪が土地を洗ひ取ること等によつて、その連絡が切れたと想像するに、これより後は兩方に於て全く別に進化することになるが、自然淘汰に材料を供給する動物の變異性といふものは、如何なる規則によるものか、まだ甚だ不明瞭で、突然胴の長い羊が出來たり、角のない牛が生れたりする所を見ると、どのやうなものがいつ生れるか解らず、變化の模樣は全く
豫想することが出來ぬから、たとひ同一種の動物でも、二箇所に於て全く同一の變化を現すことは、實際に於ては先づないと思はなければならず、隨つて假に兩方とも同一の標準によつて淘汰せられ、最も適したものばかりが生存するとしても、選擇の材料が既に同じでないから、生存するものも違ふ譯になるが、相隔たつた兩方の土地で、自然淘汰の標準が全く同一であるとは到底思はれぬから、尚更のこと、長い年月の間には全く別種のものとなつてしまはざるを得ない。それ故アジヤではその頃のカンガルー族の子孫の一部が進化して今日の普通の獸類となり、「カンガルー」の特徴を具へた子孫は競爭に敗けて死に絶え、ただ化石として殘り、またオーストラリヤでは之に反してその頃のカンガルー族の子孫が總べてカンガルー族の特徴を具へたまゝで、今日まで進み來つたといふ想像も出來ぬことでもない。而して斯く想像すれば、今日實際の分布の理由を略々了解することが出來る。
以上は素より想像に過ぎぬが、總べて有り得べきことのみを組み立てた想像で、決して事實を曲げたり、實際に反したことを假想したりしてはない。それ故、現在の有樣が之で説明せられる以上は、先づこの説を取るより致し方がないが、土地の昇降は目前の事實であるから、殘る所はたゞ生物の進化ばかりで、之さへ認めれば、斯く不思議に思はれる分布上の現象も、一通りは理窟を解することが出來る。若し之に反して、生物種屬不變の説に隨つたならば、オーストラリヤとアジヤ大陸とが何いつの頃離れたにもせよ、兩方に同種類の動物が居なければならず、敦れの方面を見ても、たゞ反對の事實を見出すばかりで、到底説明を與へることは出來ぬ。