進化論講話 丘淺次郎 第十二章 分布學上の事實(6) 五 飛ばぬ鳥類の分布
五 飛ばぬ鳥類の分布
[駝鳥]
[愚鳩]
[やぶちゃん注:二枚とも底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像を補正して用いた。後者は本文でルビする通り、「おろかばと」で所謂、知られた「ドードー」(後注参照)である。]
現今生存して居る飛ばぬ鳥はアフリカの駝鳥、南アメリカのアメリカ駝鳥、印度諸島の「火食鳥」、オーストラリヤの「エミウ」、ニュージーランドの「鴫駝鳥」などであるが、從來は單に孰れも飛ばぬといふだけの理由で、これらを合して走禽類といふ一目としてあつた。倂し善く考へて見ると、之はたゞ運動法のみによつた分類で、恰も鯨を魚類に數へ、蝙蝠を鳥類に入れるのと同樣なこと故、近來は比較解剖の結果、構造の異同を標準として正當な自然分類に改めたが、之によると、産地の異なるものは構造も著しく違ひ、各々獨立の一目を成すベきもので、特に「鴫駝鳥」の如きは全く他の類と違ひ、寧ろ鴫などの方に近い位である。斯く飛ばぬ鳥類は世界の諸地方に散在し、何處でも略々同樣な生活を營んで居るにも拘らず、産地が違へば構造が著しく違ふのは何故であるかと考へるに、これも生物の進化を認めれば容易に了解することが出來るが、生物種屬を不變のものと見倣せば少しも理窟が解らぬ。特にたゞ一の神が總べての動物を各々別々に造つたなどと思ふてかかれば、同樣の生活を營んで居る鳥が、外形は互に善く似ながらあちらとこちらとでは全く別の目に屬すべき程に内部の構造の違つて居ることは、愈々譯が解らぬ。
[やぶちゃん注:以下、複数回既出で既注のものばかりであるが、分類上の遠さを理解するために、分類と学名のみを再掲する。
「駝鳥」鳥綱ダチョウ目ダチョウ科ダチョウ属ダチョウ Struthio camelus。
「アメリカ駝鳥」レア目レア科レア属レア Rhea Americana(五亜種)とダーウィンレア Rhea pennata の二種。
「火食鳥」ヒクイドリ目 Struthioniformesヒクイドリ科 Casuariidae ヒクイドリ属ヒクイドリ Casuarius casuarius。
「エミウ」ヒクイドリ目ヒクイドリ科エミュー属エミュー Dromaius novaehollandiae。
「鴫駝鳥」古顎上目キーウィ目キーウィ科キーウィ属 Apteryx のキーウィ(Kiwi)類の旧和名(最多説で五種(内一種に二亜種)であるが、この内、コマダラキーウィ Apteryx owenii 複数の島で全部で約千四百羽ほどが確認されているだけで、国際自然保護連合(International Union for
Conservation of Nature and Natural Resources:IUCN)のレッド・リストでは準絶滅危惧(Near threatened:NT)に指定されてしまっている)。ニュージーランド固有種で国鳥。かつては一千万羽ほどいたが、今では三万羽ほどにまで減少してしまった。次の段で「遠からぬ内には孰れ種が盡きるであらう」と丘は述べている。本書初版刊行は明治三七(一九〇四)年、本底本新補改版(第十三版)の刊行は大正一四(一九二五)年九月である。しかし、丘先生、不幸中の幸い、先生がそう語ってより九十三年後の二〇一八年の今、まだ彼らは辛くも絶滅していません。
「走禽類」ウヘエェ! 今も生きてる! この言葉! “runners”で、飛べない代わりに脚力に特化した鳥。他に平胸類・走鳥類という言い方もあるらしい。]
動物は總べて自然淘汰によつて絶えず少しづゝ進化し、形狀も變じて行くものとすれば、鳥が飛ばずに生活の出來る處では、翼の發達の度は生存競爭の際に勝敗の標準とはならず、却つて他の體部の發育したものが勝を制する譯故、代々その方面に進んで翼の方は漸々退化し、短く小くなつてしまふ筈である。それ故、何處でも若し鳥が飛ばずに無事に生活の出來る事情が生じたと假定したならば、その處に居た鳥の子孫が次第に飛ぶ力を失ひ、翼が小くなつて、遂に駝鳥の如き形になる譯で、決して總べての飛ばぬ鳥が共同の飛ばぬ先祖から降つたのではない。また飛ばぬ鳥は飛ばずに無難に生活の出來る區域より以外には容易に出られぬに極まつたもの故、一且翼を失つた鳥が遠く離れた處に移り行くことは、到底出來ぬ。それ故、今日諸方に散在して居る飛ばぬ鳥は、恰も各地の洞穴内の動物と同樣各々その先祖を異にするものと見倣さねばならぬ。鳥類諸屬の進化の系圖を樹の枝に譬へて見れば、飛ばぬ鳥はあの枝の先に一屬、この枝の端に一屬といふ具合に相離れてあつて、決して一本の枝から皆出たものではない。尤も追ひ廻す敵のある處で、飛ばぬ生活を營むには、初めから足が相應に達者でなければならぬから、翼の既に發達した足の弱い鳥がこの方面へ向つて進化することはないであらうが、かやうな敵のない處では、隨分鳩の如き種類でさへ飛ばぬやうになる。マダガスカル島の東にあるモーリシアス島には二百年許前まで、「愚鳩(おろかばと)」というて七面鳥より稍々大きな頗る肥えた鳥が住んで居たが、翼が甚だ小く、飛ぶ力が全く無く、運動が至つて緩慢であつたため、その頃この島に立ち寄つた水夫等が面白半分に無暗に打ち殺したので、忽ちの中に種屬が斷絶してしまふた。骨骼も寫生圖もあるが、惜しいことには全身の剝製標本が何處にもない。この鳥などは、實に如何なる鳥でも飛ぶ必要が無くなれば、漸々飛ばぬ鳥になるといふことの甚だ好い例である。ニュージーランドの鴫駝鳥も幾分か之に似た例で、鳥類の大敵である獸類の居ない處故、夜間、蟲などを搜し步いても、狐や鼬(いたち)に出遇ふ恐もなく、無難に生活して居たが、西洋人が入り込んでから、獵犬なども澤山に殖えたので、この鳥の運命は餘程危くなり、年々著しく減少するから、遠からぬ内には孰れ種が盡きるであらう。これらの事情から考へて見ると、先祖は如何なる形の鳥であつたか解らぬが、兎に角、全く敵が無くて飛ぶ必要が無かつたために、今日の如きものになつたと見倣さねばならぬ。つまる所、動物種屬は絶えず漸々進化するもので、その主なる原因は自然淘汰にあるとすれば、飛ぶ必要のない處には何處でも飛ばぬ鳥が生じ得る譯であり、且飛ばぬ鳥は離れた國々に移住することの出來ぬもの故、世界各地に産する飛ばぬ鳥は各々祖先を異にするものと見倣さなければならぬが、實際を調べた結果は、全くこの豫想と一致したのである。之も確に進化論の正しい證據といつて宜しからう。特に前に述べた高さが二間[やぶちゃん注:三メートル六十四センチメートル弱。]以上もある大鳥は、たゞ獸類の全く居ないニュージーランドと、擬猴類ばかりで獸らしい獸の居ないマダガスカルに限つて生存して居たことを考へると、益々生物の進化の眞なることを感ぜざるを得ない。
[やぶちゃん注:「愚鳩(おろかばと)」所謂、「ドードー」(dodo)。マダガスカル沖のモーリシャス島(ここ(グーグル・マップ・データ)。現在はモーリシャス共和国(Republic of Mauritius)であるが、本底本刊行当時はイギリス領モーリシャスであった。一九六八年に英連邦王国として独立、一九九二年になって立憲君主制から共和制に移行した)に棲息していた絶滅鳥類。鳥綱 Avesハト目 Columbiformesドードー科 Raphidae Raphus属。単に「ドードー」と言った場合は、
(モーリシャス)ドードー Raphus cucullatus
を指すが、実際には以下の二種を加えた三種が存在した(蜂須賀正の提唱した四種説があるが、甚だ無理がある)。
ロドリゲスドードー Pezophaps solitaria
レユニオンドードー Raphus solitarius
以下、ウィキの「ドードー」より引く。『存在が報告されてから』八十三年『で目撃例が途絶え』、『絶滅した』。『大航海時代初期の』一五〇七年(本邦の永正四年相当。室町後期)、『ポルトガル人によって生息地のマスカリン諸島が発見された』。一五九八年に八隻の『艦隊を率いて航海探検を行ったオランダ人ファン・ネック提督がモーリシャス島に寄港し、出版された航海日誌によって初めてドードーの存在が公式に報告された。食用に捕獲したものの』、『煮込むと肉が硬くなるので船員達はドードーを「ヴァルクフォーゲル」(嫌な鳥)と呼んでいた』『が、続行した第二次探検隊はドードーの肉を保存用の食糧として塩漬けにするなど重宝し、以降は入植者による成鳥の捕食が常態化した』。『隔絶された孤島の環境に適応して天敵らしい天敵もなく生息していたドードーは』、『空を飛べず地上をよたよた歩く』・『警戒心が薄い』・『巣を地上に作る』といった生態から、『外来の捕食者にとって都合のいい条件がそろっており』、『侵入してきた人間による乱獲と人間が持ち込んだ』、『従来』は『モーリシャス島に存在しなかったイヌやブタ、ネズミなどに雛や卵が捕食され、さらに森林の開発』『により生息地が減少し、急速に個体数が減少した。オランダ・イギリス・イタリア・ドイツとヨーロッパ各地で見世物にされていた個体はすべて死に絶え、野生のドードーは』一六八一年の『イギリス人ベンジャミン・ハリーの目撃を最後に姿を消し、絶滅した』。『ドードーは、イギリス人の博物学者ジョン・トラデスカントの死後、唯一の剥製が』一六八三年に『オックスフォードのアシュモレアン博物館に収蔵されたが、管理状態の悪さから』一七五五年に『焼却処分されてしまい、標本は頭部、足などのごくわずかな断片的なものしか残されていない』。『しかし、チャコールで全体を覆われた剥製は、チェコにあるストラホフ修道院の図書館に展示されている』。『特異な形態に分類項目が議論されており、短足なダチョウ、ハゲタカ、ペンギン、シギ、ついにはトキの仲間という説も出ていたが、最も有力なものはハト目に属するとの説であった』。『シチメンチョウよりも大きな巨体』『で翼が退化しており、飛ぶことはできなかった。尾羽はほとんど退化しており、脆弱な長羽が数枚残存するに過ぎない。顔面は額の部分まで皮膚が裸出している』。『空を飛べず、巣は地面に作ったと言う記録がある』。『植物食性で果実や木の実などを主食にしていたとされ』、『また、モーリシャスにある樹木、タンバラコク(アカテツ科のSideroxylon
grandiflorum、過去の表記はCalvaria
major〈別称・カリヴァリア〉であった)と共生関係にあったとする説があり』、一九七七年、『サイエンス』誌にレポートが載った。その『内容は、その樹木の種子をドードーが食べることで、包んでいる厚さ』一・五センチメートル『もの堅い核が消化器官で消化され、糞と共に排出される種子は発芽しやすい状態になっていることから、繁茂の一助と為していたというものであった。証明実験としてガチョウやシチメンチョウにその果実を食べさせたところ、排出された種子に芽吹きが確認された記述もあった。タンバラコクは絶滅の危機とされ』一九七〇『年代の観測で老木が』十『数本、実生の若木は』一『本とされる。ただし、この説は論文に対照実験の結果が示されていないことや、『サイエンス』誌の査読が厳密ではなかったと推測する人もおり、それらの要因から異論を唱える専門家も存在する』。『ドードーの名の由来は、ポルトガル語で「のろま」の意味』由来ともされる。]
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