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2018/02/19

明恵上人夢記 58

 

58

一、同二月廿七日の夜、夢に云はく、上師、賀茂に於いて、一帖の紙上をふまへて、墨を以て之に點ず。神主、傍に在りて之を見る。卽ち、兩人共に相(あひ)談話すと云々。案じて云はく、釋迦・明神と云々。

 

[やぶちゃん注:前の「57」を建保七(一二一九)年と推定したので、これも同年二月二十七日と採っておく。

「上師」ここまでの私の考え方から、これは、母方の叔父で出家最初よりの師である上覚房行慈ととっておく。明恵は建仁二(一二〇二)年二十九歳の時、この上覚から伝法灌頂を受けている。上覚は底本の別な部分の注記によると、嘉禄二(一二二六)年十月五日以前に八十歳で入寂しているとある。この頃はまだ生きていたことになる。

「賀茂」既に注した通り、賀茂別雷神社の後背地の塔尾の麓に賀茂別雷神社の神主松下能久が建てて明恵に施与した僧坊がある。ここはそこであろう。

「神主」松下能久と採る。

「ふまへて」「強く押さえて」と採る。

「墨を以て之に點ず」限り無く濃い墨の一点を真っ白な紙にただ一つ確かに打った。これは永遠の時空間のシンボルと私は採る。だからこそ、そこに居合わせた二人が真の実在を示すところの神仏と認識されるのである。これはそういう意味では、前の「56」と強い確信の連関を有しているように思われる。]

□やぶちゃん現代語訳

58

 同年二月二十七日の夜、こんな夢を見た。

 

 上師上覚房さまが、賀茂の僧坊に於いて、一帖の大きな紙を広げられてそれを強く押さえておいて、墨を以ってこれに、

――タン!

と一点を打たれた。

 神主の松下能久さまが、その傍らに在られて、これを凝っと見ておられる。

 と、その直後、御両人ともに、互いを正視せられ、徐(おもむろ)にお互いに何かを談話なさっている……。

 夢の中で、その時、私は思った。

『――これは――上覚房さまと能久さま――ではない。……御釈迦様と大明神様なのだ――』と……。

 

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