芥川龍之介 手帳12 《12―19/12-20》
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《12―19》
[やぶちゃん注:突然、説明文のない地図。前後との関係もない謎めいたものである。怪しいぞ! 右上部のそれは「寺」だが、指示線のそれの「下」の下にある字は判読出来ない。「所」「勝」か? しかし、そもそもが、目指す家は中央の斜線の家であるわけだから、その前の「○」のように(電信柱か巨木か?)、「下■」も目安になる「何か」でなくてはならず、その場合、一般人家の名ではなく、一見して分かる何かを意味していると考えるのが妥当であるが、どうも「下」で始まるそれが浮かばない。だから、ますます妖しくなってくる! 後の洋書リストと強いて関係づけるなら、洋書専門店であるが、この時代、洋書を注文出来る書店はごく限られているから、違う気がする。洋書も多く扱う古本屋かも知れない。]
○Cardinal Farrar Darkness & Dawn
[やぶちゃん注:「Cardinal Farrar」不詳。
「Darkness & Dawn」はアメリカのSF作家ジョージ・アラン・イングランド(George Allan England 一八七七年~一九三六年)の連作“Darkness and Dawn Series”(「暗黒と黎明のシリーズ」)のことか? 英文の彼のウィキによれば、“The Vacant World”(「空虚世界」一九一二年)・“Beyond the Great Oblivion”(「大いなる忘却の彼方へ」一九一三年)・“The Afterglow”(「残光」一九一四年)がある(訳は私のいい加減なもの。以下、同じ)。]
○Heine Die Götter im Exils
[やぶちゃん注:ドイツの詩人で作家のクリスティアン・ヨハン・ハインリヒ・ハイネ(Christian Johann Heinrich Heine 一七九七年~一八五六年)の一八五三年の「亡命者の神々」。]
○Grierson : La Révolte Idéaliste
[やぶちゃん注:「Grierson」はイギリス人の作曲家・ピアニストで、作家でもあったベンジャミン・ヘンリー・ジェシー・フランシス・シェパード(Benjamin Henry Jesse Francis
Shepard 一八四八年~一九二七年)のペンネーム、フランシス・グリエルソン(Francis Grierson)である。「La Révolte Idéaliste」はフランス語で「理想主義の革命」で、恐らく一八八九年の作品。内容は不詳。]
○Grierson : The Humour of the
underman
[やぶちゃん注:前注のフランシス・グリエルソンの、恐らく一九一三年の作品。「従属者のユーモア」(?)。内容不詳。]
○John Pentland Mahaffy : What
have the Greeks done for modern Civilization? ": The Lowell Lectures of
1908―1909
[やぶちゃん注:アイルランドの古典主義の学者ジョン・ペントランド・マハフィー(John Pentland Mahaffy 一八三九年~一九一九年)の一九〇九年の著作。「ギリシャ人は現代文明のために何をしたか?」。]
○William Barry Heralds of Revolt, studies in Modern
Literature & drama
[やぶちゃん注:底本の編者によって、最後の単語は『正しくはdogma』と注がある。イギリスのカトリック司祭で作家であったウィリアム・フランシス・バリー(Barry William Francis 一八四九年~一九三〇年)の一九〇四年の著作。「反乱の先駆者・現代文芸とそのドグマ(主張)の考察」。]
○H. H. Boysesen : Earl Siguand's
Xmas Eve
[やぶちゃん注:ノルウェー生まれでアメリカで作家となったヒャルマー・ヒョルス・ボワイエセン(Hjalmar Hjorth Boyesen 一八四八年~一八九五年)のことであるが、「Earl Siguand's Xmas Eve」(アール・シグアンドのクリスマス・イヴ)は不詳。]
〇Addams Civilization during the Middle Ages
[やぶちゃん注:アメリカの歴史学者ジョージ・バートン・アダムス(George Burton Adams 一八五一年~一九二五年)一八九四年の著作「中世の文明」。]
○J. A. Symonds : Renaissance in
Italy
[やぶちゃん注:イギリスの文芸評論家ジョン・アディントン・シモンズ(John Addington Symonds 一八四〇年~一八九三年)の最初期の一八六三年の評論。]
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《12―20》
○10月11日
[やぶちゃん注:不詳。大正五(一九一六)年から大正八年までの年譜の当該日を調べたが、特別な予定はない。因みに、大正八年(私がこの手帳の閉区間の下限と考えている年)のその日、路上で自転車とぶつかり、左足を挫いてはいる。まあ、以降の記載から見て、洋書の注文日か、入荷日であろう。]
○Mauclair Rodin
[やぶちゃん注:フランスの芸術批評家カミーユ・モークレール(Camille Mauclair 一八七二 年~一九四五年)のフランスの彫刻家フランソワ=オーギュスト=ルネ・ロダン(François-Auguste-René Rodin 一八四〇年~一九一七年)の評論か。フランス語の彼のウィキに、一九〇四年に書かれたそれらしいもの(複数の芸術家評の一部か)は、ある。]
○Dunsany The Book of Wonder
[やぶちゃん注:アイルランドの作家ロード・ダンセイニ(Lord Dunsany 一八七八年~一九五七年)の一九一二年の短編集“The Book of Wonder”(「驚異の書」)。]
〇Aeschylus Drama
[やぶちゃん注:古代アテナイの三大悲劇詩人の一人で、ギリシア悲劇の確立者とされるアイスキュロス(ラテン文字転写:Aischylos 紀元前五二五年~紀元前四五六年)のことであろう。]
○Sapho Crackar shop Wreckage
[やぶちゃん注:「Sapho」古代ギリシアの女性詩人サッポー(ラテン文字転写:Sapphō 紀元前七世紀末~紀元前六世紀初)。英語では「Sappho」とも表記され、「サッフォー」とも呼ばれる。
「Crackar shop Wreckage」不詳。「Crackar」は意味不明(クラッカー(cracker)とは綴りが違う)。「Wreckage」は「漂着物・残骸・破片」。]
○Chaucer Weininger's sex & character
Feoria Mac's Sin Eater
[やぶちゃん注:「Chaucer」イングランドの詩人で、「カンタベリー物語」(The
Canterbury Tales)で知られる、小説家のジェフリー・チョーサー(Geoffrey Chaucer 一三四三年頃~一四〇〇年)。ウィキの「ジェフリー・チョーサー」によれば、『当時の教会用語であったラテン語、当時』、『イングランドの支配者であったノルマン人貴族の言葉であったフランス語を使わず、世俗の言葉である中』世『英語を使って』、『物語を執筆した最初の文人とも考えられている』作家である。
「Weininger's sex & character」二十三歳で自殺したオーストリアのユダヤ系哲学者オットー・ヴァイニンガー(Otto Weininger 一八八〇年~一九〇三年)が死の直前(一九〇三年)に著した「性と性格」(ドイツ語:Geschlecht
und Charakter)の英訳本。チョーサーの名と並べて書いている理由は不詳。
「Feoria Mac's Sin Eater」書名っぽいが、不詳。「sin-eater」というのは「罪食い人」で、昔、英国で死者への供物を食べることによって死者の罪を引き受けてもらうために雇われた人を指す。]
○l’œvre de Gustave Moreau
[やぶちゃん注:フランス語で「ギュスターヴ・モローの仕事」であるが、誰の本か判らぬ。ギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau 一八二六年~一八九八年)は言わずもがな、フランスの象徴主義の画家。]
○Reliure amateur, coins maroquin
du Levant, tête dorée, en plus 40 fr. I. E. Bulloz, Paris
[やぶちゃん注:意味不明。全体では一向分らぬので、分解し、そのフランス語の語句からを推理してみると、「Reliure amateur」は「素人(アマチュア)の製本」でいいだろう。だとすると、「coins maroquin du Levant」というのは、地中海東部及びそこのレバント島或いは沿岸諸国で産した山羊・羊・アザラシなどを用いた高級モロッコ革で出来た、「本のカバー」とか、「本を閉じ収めるベルト」か、或いは、「挿むブック・マーク」か、はたまた、「本の背」ではないか(「coin」は「角・隅・側面」の意があるからな)?! 「tête dorée」は「tête doré」で、こりゃ、もう、天金だろ! となると、豪華だから、「en plus 40 fr.」は並装の値段に「四十フラン追加料金」という意味じゃあるまいか? 「I. E. Bulloz, Paris」はパリの古書店名ということでどうよ?! この僕の解釈、とんでもないかなぁ?……実はそういう、フランス人の素人の方が、並装のフランス語版のボード―レールの「悪の華」を、革装にした、天金に仕上げ、それにオリジナル彩色画挿入を数枚挟んで製本したものを、僕は三十年も前に、古本屋から三万五千円払って買って、今も持ってるんですけど……]
○1)The life of Mary Mag
2)Work of Apuleius
3)Andersen's Danish L.
[やぶちゃん注:ここには底本の編者注で『L. は Legends の略』とある。]
4) Chronicles of the Crusades
5) Gesta Romanorum
6)Plays of A. S.
[やぶちゃん注:ここには底本の編者注で『A.S. は Arthur Symonds の略』とある。]
7) Bjørnson's Arne
[やぶちゃん注:以上は、一冊の本としては私は不詳。
「1」の「The life of Mary Mag」は福音書に登場する、かの「マグダラのマリア(ラテン語:Maria Magdalena)の生涯」だろう。
「2」の「Work of Apuleius」は帝政ローマの弁論作家で、奇想天外な小説や極端に技巧的な弁論文によって名声を博したというルキウス・「アプレイウス(Lucius Apuleius 一二三年頃~?)。代表作とされる“Metamorphoses”(「変容」)はローマ時代の小説の中で完全に現存する唯一のものだそうである(ウィキの「アプレイウス」に拠る)の仕事」。
「3」は「Andersen's Danish Legends」だから、デンマークの作家ハンス・クリスチャン・アンデルセン(Hans Christian Andersen 一八〇五年~一八七五年:デンマーク語のカタカナ音写:ハンス・クレステャン・アナスン)の「デンマークの民話」。
「4」は「Chronicles of the Crusades」は「十字軍編年史」。作者不詳。
「5」は「Gesta Romanorum」「ゲスタ・ロマノルム」で、十三~十四世紀にイングランドで集められた、民間のラテン語による物語集「ローマ人物語」を指すようだ(執筆者は不詳)。
「6」は「Plays of Arthur Symonds」だから、イギリスの詩人・文芸批評家「アーサー・ウィリアム・シモンズ(Arthur William Symons 一八六五年~一九四五年)の事蹟(活動)」。]
○六月卅日
[やぶちゃん注:不詳。前と同じく、年譜は見てみた。]
○Plato:{Apology
{Bannquet――Simposium
{Cristo
{Phaedo(phaedorus)
[やぶちゃん注:四つの「{」は底本では大きな一つの「{」。
「Plato」古代ギリシアの哲学者プラトン(ラテン語転写:Plato 紀元前四二七年~紀元前三四七年)。ソクラテスの弟子でアリストテレスの師。
「Apology」は「ソクラテスの弁明」(ラテン語転写:Apologia
Socratis/英語:Apology
of Socrates)で、プラトンの著名な初期対話篇。
「Cristo」キリスト。キリスト教にもプラトンの思想はよく取り入れられているとされる。
「Phaedo(phaedorus)」「パイドロス」(英語:Phaedrus)であろう。プラトンの中期対話篇の一つ(そこに登場する人物の名称で、副題は「美について」)。因みにプラトンの著作では私が最も愛するものである。]
○1月註文
[やぶちゃん注:前後孰れかの洋書の注文であろう。]
○Delacroix
[やぶちゃん注:フランスのロマン主義を代表する画家フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ(Ferdinand Victor Eugène
Delacroix 一七九八年~一八六三年)。]
○Zangwill の Dramas 3
[やぶちゃん注:イギリスの作家イズレイル・ザングウィル(Israel Zangwill 一八六四年~一九二六年)。ウィキの「イズレイル・ザングウィル」によれば、『父親はロシアから亡命したユダヤ人、母親はポーランド人であった』。『初期のシオニストの一人で指導者ヘルツルのもと、ユダヤ国家樹立のために活動した。その傍ら、ユダヤ人の生活に取材した小説や戯曲を書き好評を博した。しかし』、仲間内の対立から、『シオニズム活動から遠ざかり、世界のどこであれ』、『適切な場所にユダヤ人の国を持とうという領土主義を唱えた』。『アメリカ合衆国のアイデンティティに対し』、『「メルティング・ポット」論(原型が溶かされて一つになる)を唱え、それが』一九〇八年発表の戯曲“The melting pot”(「坩堝(るつぼ)」)『に表れている。ここから』アメリカを評する『「人種のるつぼ」などといった表現』も『生み出された』という。イギリスの作家で「SFの父」とされる『ハーバート・ジョージ・ウェルズ』(Herbert George Wells 一八六六年~一九四六年)『とは親友であった』とある。『推理小説もいくつか書いており、なかでも』、一八九二年に発表した中篇“The Big Bow Mystery”(「ビッグ・ボウの殺人」)『は最も古い密室殺人ものとして』、『欧米では有名である』とある。「Dramas 3」とあるから、一つは“The
melting pot”と考えてよいのではあるまいか。]
○來月注文
[やぶちゃん注:やはり、前後孰れかの洋書の注文であろう。]
○Hugo 1
>Bohn’s Library
Racine 2
[やぶちゃん注:「Hugo」はフランス・ロマン主義の詩人で小説家のヴィクトル=マリー・ユーゴー(Victor-Marie Hugo 一八〇二年~一八八五年)であろう。
「Racine」はフランスの劇作家でフランス古典主義を代表する悲劇作家ジャン・バティスト・ラシーヌ(Jean Baptiste Racine 一六三九年~一六九九年)であろう。但し、意味不明の「Bohn’s Library」(「ボーンの図書館」)とともに、後のユーゴ―を「1」とし、先行するラシーヌを「2」とする意味も不明。]
○同月11日
[やぶちゃん注:洋書注文日か、入荷日か。]
○1)The Tidings brought to
Mary Paul Claudel
2)The Note Book of L. & V.
3)Tolla, the Courtesan by E. Rodocanachi
[やぶちゃん注:「1」はフランスの劇作家で外交官でもあったポール・ルイ・シャルル・クローデル(Paul Louis Charles Claudel 一八六八年~一九五五年)の一九一〇年発表の中世風奇跡劇である“L'Annonce faite à Marie”(英訳:The
Tidings brought to Mary(「マリアへのお告げ」)。
「2」の「The Note Book of L. & V.」は不詳。
「3」の「Tolla, the Courtesan by E.
Rodocanachi」はフランスの歴史家で作家でもあったと思われるエマヌエル・ピエール・ロドカナチ(Emmanuel Pierre Rodocanachi 一八五九年~一九三四年)の一七〇〇年のロマン主義的書簡体小説“Tolla, la courtisane, esquisse
de la vie privée à Rome en l'an du jubilé”(「トラにて、クルチザンヌ、ローマでの私的生活に就いてのエスキス(スケッチ)」。一八九七年発表)か。フランス語の彼のウィキからで、訳はいい加減。「トラ」はよく判らぬが、サルジニア島の北のトレス島の地名ではないかと私は思う。「クルチザンヌ」はフランス語で「高級娼婦」の意であり、特にロマン主義の文学作品などで主題としてしばしば取り上げられた対象である。]
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