カテゴリ「栗本丹洲」始動 / 魚譜 カスブカ (カスザメ)
カテゴリ「栗本丹洲」を始動する。
栗本丹洲(宝暦六(一七五六)年~天保五(一八三四)年)は医師で本草学者。幕府奥医師四代目。本名は元東・元格・瑞見等と改名し、丹洲は号。本草学者田村元雄(げんゆう)の第二子として江戸に生まれ、二十二歳の頃、幕府侍医栗本昌友(しょうゆう:三代目栗本瑞見)の養子となった。三十二歳で奥医となり、その後は幕府医学館教諭として本草学を講じた。文政九(一八二六)年四月二十五日には折から参府していた長崎出島のオランダ商館医であったドイツ人(オランダ人を詐称)医師で博物学者であったシーボルト(Philipp Franz Balthasar von
Siebold:フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・ズィーボルト 一七九六年~一八六六年)と面談し、シーボルトはその著「日本」(Nippon:一八三二年~一八八二年)の中で丹洲の膨大な図譜とその絵の素晴らしさを賞讃している。丹洲には三十数点の著作があり、その殆んどは動植物(特に動物)の写生図と解説である。
私は既に自己サイト「鬼火」で「栗氏千蟲譜」(原文+訓読+原画画像+藪野直史注)の内、
「巻七及び巻八より――蛙変魚 海馬 草鞋蟲 海老蟲 ワレカラ ホタルムシ 丸薬ムシ 水蚤」
を電子化注している(総て二〇〇七年作成・二〇一四年増補改訂。因みに、ありがたいことに、これらの仕事は、私のサイト内の作品の中では珍しく生物学の名誉教授の方及び図書館員の方などより、高い評価を戴いている)。無論、彼の膨大な博物図譜総てを電子化注することは出来ないが、私が興味を持った幾つかのそれをブログで試みてみたく思う。
幸い、国立国会図書館デジタルコレクションの画像が豊富にある(リンク先は同コレクションの検索結果)ので、基本、それを用い、それ以外の資料をも参照することとする。それらはその書誌を各電子化注で明記する。
構成は、まず、図版を示し、次に図内のキャプションを「□翻刻」で電子化、必要な場合は読み易くオリジナルに訓読したものを附し、その後に私の注を置き、そこで可能な限り、図版の生物を同定しつつ、諸注を附すこととする。
まず、最初は彼の複数の魚譜の内の、巻子本(軸装)「魚譜」から入る。そこに附記された磯野直秀氏の解題によれば、丹洲は文化一四(一八一七)年四月十九日に開催された幕府医学館の薬品会に「垢鯊図纂」(こうさずさん:「垢」はエイ、「鯊」はサメの意)五十品を出品しているが、品数もほぼ同じであることから、これが本資料と推定される、とあることから、当初、本図の執筆はそれ以前と考えたが、次の「トビヱ」のキャプションの干支から考えると、それ以後に加筆された部分があることが判明した。詳細は「トビヱ」の項を参照されたい。なお、同「魚譜」は箱入で、箱書は「魚譜 丹洲」、軸装自体に標題はない。【2018年2月28日始動:藪野直史】
[やぶちゃん注:図版は国立国会図書館デジタルコレクションの「魚譜」からトリミングした。上部にあるのは、左にあるトビエイらしき魚(当該図で再考証する)の尾部で、本図とは関係ない。]
□翻刻
カスブカ
[やぶちゃん注:軟骨魚綱カスザメ目カスザメ科カスザメ属カスザメ Squatina japonica。魚体が扁平でエイのように見えるが、立派な鮫で(鰓孔が体の側面にあることでサメ類と判る。エイ類は体の腹面に鰓孔を有する)、名に「ブカ(フカ)」がつくのは古名ながら、正しい。「かすざめ」とは「糟鮫」で、「ぼうずコンニャクの市場魚介図鑑」の「カスザメ」の「由来・語源」によれば、『東京での呼び名。価値のないカス(糟、粕)のようなサメの意味』とある。以下、ウィキの「カスザメ」より引く(アラビア数字を漢数字に代え、記号の一部を変更・省略した)。『北西太平洋の二百メートル以浅の砂底で見られる。体はエイのように平たく、全長一・五メートル以上になる。二基の背鰭が腹鰭より後方に位置すること、大きな棘の列が背面の正中線上にあること、胸鰭の先端の角度が小さいことで近縁のコロザメ』(カスザメ科カスザメ属コロザメ Squatina nebulosa:胡爐鮫。ここにあるように、胸鰭の外角がかなりの鈍角を成すことの他にも、後に述べられるように、腹鰭の後端が第一背鰭の起部に殆んど達することなどからも識別され、しかも全長三メートル近くにもなる点で成体はカスザメよりも比較的大きい)『と区別できる。背面には四角形の暗色の斑点が散らばり』、『保護色となっている』。『餌は魚類や無脊椎動物。夜行性の待ち伏せ型捕食者である。胎生で二~十匹の仔魚を産む。刺激されなければ』、『人には危害を加えない。肉や鮫皮が利用される』。『一八五八年、ドイツの魚類学者ピーター・ブリーカーによって』『記載された。タイプ標本は五十三センチメートルの雄で、長崎県沖で捕獲されたものである』。『二〇一〇年のmtDNA』(ミトコンドリアDNA)『を用いた分子系統解析では、本種はタイワンコロザメ』(Squatina
formosa)など、『他のアジア産カスザメ類と近縁であるという結果が得られた。本種はその中でも比較的早く分岐した種であり、分子時計』(ヘモグロビンの構造の一部を構成するアミノ酸の配列異同(突然変異)から進化系譜が構築可能とするもの)『では、本種はおよそ一億年前(白亜紀)に他のカスザメ類から分岐したことが示された』。『第一背鰭が腹鰭の先端より後方に位置することで』も、『近縁のコロザメと区別できる』。『体は細く、胸鰭・腹鰭は大きく広がる。頭部側面の皮褶は葉状にはならない。眼は楕円形で、間隔は広い。その直後には三日月型の噴水孔があり、噴水孔の内部前縁には大きな箱型の突出部がある。鼻孔は大きく、小さな鼻褶』(皮膚が皺を作って蓋状或い片状になった部分)『があり、二対の髭が付属する。外側の髭は細いが、内側の髭は先端が匙状となり、その基部はわずかに房状となる。口は頭部末端に位置して幅広く、唇褶』(ある種のサメ類が有する口角部の皮膚の皺を指す)『がある。歯列は上下ともに片側十ずつで、中央には隙間がある。各歯は小さく、細くて尖る。頭部側面には五対の鰓裂がある』。『胸鰭の前端は頭部から遊離し、三角形の葉状になる。先端は角張り、後端は丸みを帯びる。腹鰭の縁は凸状になる。二基の背鰭は尖り、大きさ・形は概ね』、『同じである。腹鰭の先端より後方に位置する。尾柄は平たく、側面には隆起線が走る。尾鰭は大まかに三角形で、角は丸い。下葉は上葉より大きい。背面は中程度の大きさの皮歯』(楯鱗(じゅんりん)軟骨魚類に見られる特有の鱗。象牙質の中心に髄があり、外側はエナメル質に覆われていて、歯と相同の構造を持つことからかくも言う)『に覆われ、頭部から尾までの正中線上には大きな棘の列が走る。背面は明褐色から暗褐色で、四角形の暗色の斑点が密に存在する。この斑点は鰭上では細かくなる。腹面は白く、黒斑がある。最大全長は資料によって異なるが、一・五~二・五メートルの範囲』に留まる』。『北西太平洋の比較的寒冷な海域に分布し、本州東岸から台湾、日本海南部・黄海・東シナ海・台湾海峡で見られる。古い資料ではフィリピンに分布するとしているものもあるが、これは別種の Squatina caillieti だと考えられている。大陸棚上の浅海から水深三百メートル程度まで生息する。底生で、岩礁近くの砂底でよく見られる』。『日中は底質内で動かない』。『他のカスザメ類と同様、待ち伏せ型捕食者で、日中は底質に埋もれて過ごすが夜間は活動的になる。体色は保護色となる。餌は底生魚・頭足類・甲殻類など。単独か、同種個体と近接して見られる』。『胎生で、近縁種同様に受精卵は卵黄によって成長する。産仔数は二~十で、出産は春から夏。出生時は二十二センチメートル程度。雌は八十センチメートルで性成熟するが、雄については不明である』。『他のカスザメ類と同様、攻撃的ではないが、刺激されると噛み付き』、『裂傷を負わせることがある。分布域の大部分で底引き網によって捕獲されるが、おそらく定置網・刺し網なども用いられている。肉は食用に、皮は鮫皮として、おろし金や刀剣の鞘としても用いられる』(この利用から、本邦では古くから本種が知られていた)。『捕獲されやす』い上に、繁殖力も『低いため、商業漁業による漁獲圧に弱い。黄海やその近海で行われる底引き網は、水質汚染と合わせて地域の生態系に重大な影響を与えている。個体数はこの状況のもとで五十%以上減少していると見られ、IUCN』(国際自然保護連合:International Union for Conservation of
Nature and Natural Resources)『は保全状況を危急種と評価している。中国政府が課している一部地域での底引き網漁の禁止は、本種の個体数によい影響を与えているかもしれない』とある。因みに、私は本種の煮凝(にこご)りが大好物である。]


