宮澤賢治の「文語詩稿 五十篇」の掉尾にある詩篇の草稿「峠」から無題の定稿までの推敲順推定電子化
[やぶちゃん注:「校本 宮澤賢治全集 第五巻」(昭和四九(一九七四)年筑摩書房刊)の本文と校異を参考に作成した。
現存する草稿自体は三種であるが、校異に示された推敲痕を解説を参考に、可能な限り、順序を推定し、八種+定稿の九篇を示した。但し、細部の書き換えは、前後の同様の書き換えと共時的に行われたものかどうかまでは不明であるから、仮定されるヴァリェションは厳密にはもっと増える可能性が高い。また、最終草稿と定稿の変異の位相が非常にあることから、本篇にはその間に、数種の中間草稿があったかも知れないということも想定される。
なお、定稿からは、ずっとあった「峠」という標題は消えており、二行書きの一行中の中間部二字空け、及び、四行(程)空けという特異な表記もママである。
「盽(まみ)」は「䀱」という漢字と同字であるが、これらは孰れも「よく見る・凝と見つめる」の意で、現行では殆んど使用されない字である。但し、賢治はそれに「まみ」と振ってはいるから、「目・眸(ひとみ)」の意と採っても誤りとは言えない。しかし、「まみ」(目見)自体が「物を見る目つき・眼差(まなざ)し」や「目元(めもと)」の意が原義あることを考え、しかも、推敲課程で賢治がここを「グリムプス」(Glimpse:英語で「一瞥」の意)と一度、言い換えている点を考えると、これを現在普通に行われている表記のように「眸」に置き換えてしまっていいかどうかについては、私は、かなり躊躇するものである。これは単に旧字を正字に換えるのとは全く訳が違うからである。【2018年2月3日 藪野直史】]
峠
燃ゆる吹雪(ふぶき)のさなかにて
妖(あや)しき盽(まみ)のさま
吹雪たちまち過ぎ往きて
片雲(くも)プリズムを示したり
↓
峠
燃ゆる吹雪(ふぶき)のさなかにて
なんぞ妖(あや)しき盽(まみ)のさま
霽れてはめぐる雪の尾根
飛雲(くも)プリズムを示しけり
↓
峠
燃ゆる吹雪(ふぶき)のさなかにて
妖(あや)しき盽(まみ)も示しけん
霽れてはめぐる雪の尾根
雲プリズムをなしにけり
↓
峠
燃ゆる吹雪(ふぶき)のさなかにて
妖(あや)しき盽(まみ)も示しけん
霽れてはめぐる雪の尾根
片雲(くも)プリズムをなしにけり
↓
峠
光吹雪のさなかにて
妖しく燃ゆるグリムプス
冴えてはめぐる雪の尾根
片雲(くも)のプリズム漂はす
↓
峠
吹雪かゞやくさなかとて
妖しく燃ゆるグリムプス
冴えてはめぐる雪の尾根
片雲(くも)のプリズム漂はす
↓
峠
吹雪かゞやくさなかには
燃えて妖しきグリムプス
冴ゆれば仰ぐ尾根の上
片雲(くも)プリズムをめぐらしぬ
↓
峠
吹雪かゞやくさなかには
燃えて妖しきグリムプス
冴ゆれば仰ぐ尾根の上
片雲(くも)プリズムをひるがへす
↓
吹雪かゞやくなかにして、 まことに犬の吠え集りし。
燃ゆる吹雪のさなかとて、 妖(あや)しき盽をなせるものかな。