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2018/03/16

譚海 卷之二 豪猪の事

 

豪猪の事

○安永四年薩摩より獻上ありし豪猪(やまあらし)といふ獸を、御醫師田村玄雄に御預けに成(なり)、居宅神田紺屋町屋敷にさし置(おき)、人々見物せし事あり。猪の大さにて、脊に長き骨數百本毛の際に生じ、さゝらの如く也。怒るときは此骨さか立鳴(だちな)りて、甚(はなはだ)おそろしき響をなす。此骨楊枝に用れば齒をかたくするとて、取來(とりきた)る人多し、誠に鐡のひばしの如し。後(のち)淺草觀音地内にて見せ、丸藥(ぐわんやく)をうりて此藥を求(もとむ)る者には、豪猪見する事にてありし。後何方(いづかた)へ行(ゆく)事にや沙汰聞えず。

[やぶちゃん注:「安永四年」一七七五年。

「豪猪(やまあらし)」「やまあらし」のルビは私が附加したものであるが、事実、かの体の背面と側面の一部に鋭い針毛(トゲ:体毛の変形したもの)を有するネズミの仲間であるヤマアラシ(「山荒」とも書く)、哺乳綱齧歯目ヤマアラシ上科ヤマアラシ科 Hystricidae(別に今一つ、アメリカヤマアラシ科 Erethizontidae があるが、ここに出るものが真正のヤマアラシの類であるとすれば、新世界ヤマアラシである後者である可能性は極めて低と考えるので外しておく)の正式な漢名由来の表記である(現代中国語でも「豪豬」と書く。中文ウィキの「豪豬」を参照されたい)。ヤマアラシ科は東南アジア・インドにも棲息しており(同科の全属レベルではアジアとアフリカ及びヨーロッパのごく一部に分布していて三属十一種)、それらなら、鎖国下の日本であっても、琉球を不当に支配していた薩摩ならば、琉球を介して旧大陸ヤマアラシを東南アジア或いは中国を経由して入手し得たに違いないからである。また、本邦の妖怪には「ヤマアラシ」或いは「ヤマオロシ」がいる前者は旧熊本八代城主松井家に伝えられた「百鬼夜行図巻」(作者は八代の絵師尾田淑太郎(郷澄)で天保三(一八三二)年製作)に載るもので(以下ウィキの画像)、江戸後期に描かれた作者不詳(北斎季親とも)「化物尽絵巻」には同形状の妖怪が「のぶすま」という名で描かれている(但し、同絵巻には解説文がなく、如何なる妖怪を意図して描いたものかは不明)。参照したウィキの「ヤマアラシによれば(下線やぶちゃん)、『妖怪ではなく』、『実在の動物であるヤマアラシを描いたもの』、『ヤマアラシが全身の棘によって相手を威嚇するという断片的な情報が妖怪視されたもの』『などの説もある』。『上記の絵巻物に描かれた山あらしとの関係は不明であるが、やまあらしという名の妖怪は日本各地の民間伝承に見られ』、例えば、『和歌山県有田郡廣村(現・広川町)や広島県山県郡では、別名を「シイ」といい、毛を逆立てる姿を牛がたいへん恐れるので、牛を飼う者は牛に前進させる際に「後ろにシイがいるぞ」という意味で「シイシイ」と命令するのだという』また、『奈良県吉野郡大塔村(現・五條市)では、山で木を伐る音をたてる怪物であるといわれる』とある。また、後者の「ヤマオロシ」は、著名な鳥山石燕の、妖怪画集「百器徒然袋」に出るもので、ウィキの「ヤマオロシによれば、『おろし器のような頭部をした人型の妖怪として描かれ、頭にはおろし金のようなの無数の突起が並んでいる』。同画集の『解説文には』――『豪猪といへる獣あり 山おやじと云ひてそう身の毛はりめぐらし 此妖怪も名とかたちの似たるゆへにかく言ふならんと 夢心におもひぬ』――『とあり、豪猪(ごうちょ)という全身にとげのような針の生えた動物(ヤマアラシ)』『についての文を引用し、豪豬の異名である「山おやじ」と「山おろし」の名は似ているので、この山颪もとげが生えているのであるとしている。画面内には大根のほか、貝杓子、すり鉢など、台所道具が描かれている』。『おろし器の表面にあるとげ状の突起を豪豬(ヤマアラシ)のとげに例え、「おろし」と「おやじ」の音の似ていることから、石燕がこの妖怪を創作したと考えられている』。室町時代の「百鬼夜行絵巻」に『描かれている浅沓を載せたヤマアラシ状の妖怪がヒントになった、あるいはトゲの生えた妖怪』(ウィキの画像)『をモデルとして山颪が描かれたなどの説がある』とあり、これらを考えると、まず少なくとも、江戸後期には庶民の目に触れる形で、国外から生物としてのヤマアラシが生体個体で伝来していたことが確実となり、溯るなら、江戸時代以前に既にヤマアラシが日本へ連れて来られていた可能性さえも仮定出来るとも言えるのかも知れぬ

「田村玄雄」田村藍水(享保三(一七一八)年~安永五(一七七六)年)は江戸中期の医師で本草学者。本姓は坂上、名は登。通称は元雄。藍水は号。私が電子化注している博物学者栗本丹洲は彼の子である(後に奥医師田村昌友の養子となった)。平賀源内(享保一三(一七二八)年~安永八(一七八〇)年)の若き日の師でもあった(個人的に平賀源内とかのヤマアラシはすこぶる親和性があるような気がする。この頃、彼が旧師の家に出入りしていたかどうかは不明であるが、私はヤマアラシを観察してニヤリと笑う源内が見えるような気がするのである)ウィキの「田村藍水」によれば、『江戸・神田の出身』で、十五『歳の時に医師である父親について医学を学び始め、後に阿部将翁から本草学を学んだ。早くから朝鮮人参に関心をもっており』元文二(一七三七)年、『江戸幕府から朝鮮人参の種』二十『粒を下付されて、人参国産化の研究を命じられる。朝鮮人参の栽培の研究と合わせて諸国を巡って産物について調査を行い』、宝暦七(一七五七)年には『弟子の平賀源内らとともに湯島で薬品会を開き、日本の本草学発展の基礎を築いた』。宝暦一三(一七六三)年、『人参栽培や諸国物産調査の功績が評価され、一介の町医から幕府医官に任じられて禄』二百『石を与えられる。実地調査の重要性を唱えて諸国を巡り、学者のみならず、島津重豪や細川重賢ら大名とも交際を持った。朝鮮人参のみならず、甘藷や木綿の研究にも務め、栽培技術の普及にも努めた。門人に平賀源内や中川淳庵などが』いる。「人参譜」「人参耕作記」「中山伝信録物産考」「琉球物産誌」など、『多くの著作を著した。江戸で病死』した。

「神田紺屋町」現在の東京都千代田区神田紺屋町。(グーグル・マップ・データ)。南北に分かれているが、これは当時、既にこうなっていたウィキの「神田紺屋町によれば、『それまで神田北乗物町の南部のみであった神田紺屋町の住民に対し』、享保四(一七一九)年に『町の防火のため』、『江戸幕府の命令で』、『一部分の住民が神田北乗物町の北部に移されたことに由来する』とある。

「猪の大さにて」最大のヤマアラシ科ヤマアラシ属インドタテガミヤマアラシ Hystrix indica では頭胴長九十センチメートル、尾長十七センチメートル、体重三十キログラムにも達し、背面に生える刺毛は太く、長さも三十五センチメートルにも及び、威嚇する際には体を震わせて、刺毛をぶつけ合わせてガタガタと威嚇音を立てるから、まさにこの描写にはピッタリである(但し、だからといって本種に同定する訳ではない)。

「さゝら」簓(ささら)。竹や細い木などを束ねて作った道具。洗浄器具及び楽器や日本の伝統的な大衆舞踊の際の装身具の一部としても用いられる。

「怒るときは此骨さか立鳴(だちな)りて、甚(はなはだ)おそろしき響をなす」彼らの剛棘は決して消極的防衛器官ではない。ウィキの「ヤマアラシによれば、『通常、針をもつ哺乳類は外敵から身を守るために針を用いるが、ヤマアラシは、むしろ積極的に外敵に攻撃をしかける攻撃的な性質をもつ。肉食獣などに出会うと、尾を振り、後ろ足を踏み鳴らすことで相手を威嚇するだけでなく、頻繁に背中の針を逆立てて、相手に対し後ろ向きに突進する。本種の針毛は硬く、その強度はゴム製長靴を貫く程であり、また捕食された場合でも針が相手の柔らかい口内や内臓を突き破り感染症や疾患を引き起こさせ、場合によっては死亡させることが知られている。この為、クマやトラといった大型の捕食動物でも本種を襲うケースは少ない。前述の攻撃的な性質はここに要因するとみられている』。ヤマアラシ科ヤマアラシ属『ケープタテガミヤマアラシ Hystrix africaeaustralisなどの針は白黒まだらの目だつ模様をしている。これはスズメバチの腹の黄黒まだらの模様と同じく、警告色の役割をしていると考えられる』とある。なお、そこにも書かれているが、ショーペンハウアーの寓話に由来し、後にフロイトが論じて精神分析学者ベラックが名づけた、「自己自立」と「相手との一体感」という二つのアンビバレントな欲求によるジレンマを指す「ヤマアラシのジレンマ」(英語:Hedgehog's dilemma:原義は「ハリネズミのジレンマ」。“Hedgehog”は哺乳綱 Eulipotyphla 目ハリネズミ科ハリネズミ亜科 Erinaceinae で本ハリネズミとは別種)は大嘘で、実際のヤマアラシは針のない頭部を仲良く寄せ合って、体温を保ったり、睡眠をとったりしている

「ひばし」「火箸」。

「後(のち)淺草觀音地内にて見せ、丸藥(ぐわんやく)をうりて此藥を求(もとむ)る者には、豪猪見する事にてありし。後何方(いづかた)へ行(ゆく)事にや沙汰聞えず」このエンディングはヤマアラシが如何にも可哀想である。]

 

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