雪夜 三好達治 (三篇)
雪夜 一
雪はふる 雪はふる 聲もなくふる雪は 私の窗の半ばを埋める
私の胸を波だてた それらの希望はどこへ行つたか ――また今宵
それらの思出もとび去りゆく 夜空のかぎり 雪はふる 雪はふる
雪は思出のやうにふる 雪は思出のやうにふる また忘却のやうにもふる
雪夜 二
思出 思出 いつまでも心に住むと 誓ひをたてた思出
その思出も年をふれば 塵となる 煙となる ああその
かの裏切りの片見なら 捉へがたない思出の 性も是非ない
行くがいい 行くがいい 私を殘して 歸る日もなく行くがいい 思出よ
雪夜 三
夜更けて 油の盡きた暗いランプ 低い焔 煤けた笠
既に私の生涯も 剩すところはもうわづか ああ今しばし
ものを思はう 今しばし 私の仕事に精を出さう
やがて睡りの時がくる 悲しみもなく 私の眠る時がくる
[やぶちゃん注:本日、「青空文庫」で各篇分立で示されたものをカップリングした。ネット上の「三好達治全集」の第一巻目次によって『「山果集」拾遺』に三篇で纏まって収録されていることが判ったので、以上のように示した。因みに「山果集」は昭和一〇(一九三五)年十一月四季社刊で、梶井基次郎の墓前に捧げられた詩集である。]
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