栗本丹洲 魚譜 ケヱ (イトマキエイ或いはヒメイトマキエイ)
[やぶちゃん注:図版は国立国会図書館デジタルコレクションの「魚譜」からトリミングした。頭部の左の方の頭鰭(とうき:後注参照)及び台盤(胸鰭)の右の端と尾が切れてしまっているのはママ。原図は先まで描いてあったのだろうが、前のトビエイの台盤が巻子本にするに際して左胸鰭の先が切れている以上、新たな描き添えは不可能であったのであろう。添え右中央に少し見えるのは前の「鳥ヱイ」の頭部の先端で、本図とは全く関係がない。]
□翻刻1(一行字数を同一にした表記そのままのもの)
ケヱ
此魚別ニ全圖ヲ藏ス頭端ヨリ尾ノ付際マテ三尺
尾ノ長サ三尺翼尖ヨリ横ノ徑リ三尺餘ナリ其極大者
六七尺其餘ニモ至ルト云遇〻丈餘ニ至ルモノヲ得ルヿアリト云
按ルニケヱノ名怪有(ケウ)異形ノヱイト云ヿノ略語ナルベシ
尾ノモトニ針アリ惣身ノ大ナルニ比スレハ此針 短小ナリ
□翻刻2(カタカナをひらがなに代えて、文を繫げ(但し、考証部の後半は改行した)、約物(「ヿ」→「こと」(事))や「〻」を「々」に代え、読み易さを考え、送り仮名・濁点・句読点・記号を追加、読みを歴史的仮名遣で〔 〕で添えたもの。)
ケエ
此の魚、別に全圖を藏す。頭端より尾の付際〔つきぎは〕まで、三尺。尾の長さ、三尺。翼尖〔つばさのさき〕より横の徑り、三尺餘りなり。其の極〔ごく〕大なる者、六、七尺、其の餘にも至ると云ふ。遇々〔たまたま〕、丈餘〔ぢやうよ〕に至るものを得ることありと云ふ。
按ずるに、「ケヱ」の名、「怪有(ケウ)異形のヱイ」と云ふことの略語なるべし。尾のもとに針あり。惣身の大なるに比すれば、此の針、短小なり。
[やぶちゃん注:軟骨魚綱板鰓亜綱トビエイ目トビエイ科イトマキエイ属イトマキエイ Mobula japonica。但し、以上の記載内容からは、形も生態もよく似ていて、小振りな種であるヒメイトマキエイ Mobula thurstoni を挙げておく必要がある。逆に近縁の大型種(平均個体で三~五メートル、最大で八メートルにも達するともされ、体重は三トンにも及ぶ)であるトビエイ科オニイトマキエイ属オニイトマキエイ Manta birostris は、現在でも南西諸島の石垣島周辺海域で見られる程度であり、そうした分布と、体長のスケールから言っても、ここに掲げる必要はないと判断する。本種及び上記のヒメイトマキエイ・オニイトマキエイの頭部先端の両側には胸鰭由来の「頭鰭」と呼ばれる箆(へら)状になった特殊な鰭が一対ある。これは、伸ばしたり、丸めたり、自由に形を変形することが出来、餌を摂取するのに役立っているものと考えられている。この頭鰭が所謂、「糸巻」の形に似ていることが和名の由来である。また、プランクトン食という摂餌形態に対応し、他のエイと異なり、口は頭の正面に開いている(この部位の解説はウィキの「オニイトマキエイ」に拠った)。「ブリタニカ国際大百科事典」によれば、体色は黒褐色で、尾部は体盤長の約三倍の長さがある。以下、ウィキの「イトマキエイ」より引く。全長は成体で約三メートルほど。『近似種のオニイトマキエイに比べて、体が幾分小柄で、また、口の脇にある鰭も小さく、全般的にオニイトマキエイよりも体も尾も細く、尾はかなり長い』。『尾の付け根部分にエイ特有の毒針があるが、アカエイ類やトビエイ類ほど大きくなく、毒性もそれほどではない』。『暖海性のエイで、日本では、千葉県以南の太平洋一帯に生息する』。『外洋の表層を単独あるいは群れで遊泳する。主なえさはプランクトンで、口を開けて海水ごと吸い込み、口の中の鰓でこしとって食べる』。『磯や、珊瑚礁の側にも寄ってきて、小魚たちに体表に付いた寄生虫やゴミなどを食べてもらったりもする』。『肉は不味いので、あまり食用にはされず、主に肥料や』『家畜の飼料などに』『乾燥させて使われる』とある。
・「此の魚、別に全圖を藏す」これは本図譜の後の方に載る「ワクヱイ」、或いは「栗氏魚譜」の第十冊巻十七に載る「ワクヱイ」とするものかも知れない。そうでなく、別に一図がある(或いは現存せず「あった」)のかも知れない。何故、それと断定出来ないかというと、そこには「ワクヱイ」という名が記されているのに、ここには本魚の名前が「ケヱ」と別名になっているからである。国立国会図書館デジタルコレクションの画像を視認して発見した。以下に、合成した(改ページで台盤の左端が切れてしまっている。但し、今回はあまり合成が上手く出来なかった。悪しからず)写真を掲げておく。但し、この後者の「栗氏魚譜」は栗本丹洲の原本を伊藤圭介が転写させたものらしく、絵のタッチがまるで違う(正直、下手である)。ただ、頭鰭の立体性と眼の位置が正しく描けている(本図の頭鰭の部分はやや立体感に欠け、右のそれは根元でめくれて下方に下がって、眼が外側に向いているのだということが判るが、右の頭鰭は図が欠損しているのも手伝って、その辺が今一つであって、ぱっと見では、あたかも内側に眼があるような、印象を与えてしまっている憾みがある)。参考図には『栗十七ノ八』という模写した際の照応記号が左下方にある。因みに、この図は最初に述べた本「魚譜」の後に出る「ワクヱイ」とよく似ている。
「三尺」九十一センチメートル弱。
「翼尖〔つばさのさき〕より横の徑り」体幅。台盤の左右の胸鰭の最突出部分を結んだ直線距離。
「六、七尺」一メートル八十二センチメートルから二メートル十二センチメートル。
「其の餘」それ(二メートル十二センチメートル)以上。
「丈餘〔ぢやうよ〕」三メートル三センチメートル越え。前に掲げた通り、イトマキエイの成体は約三メートルほどに達するから、何ら、問題ない。
「惣身の大なるに比すれば、此の針、短小なり」丹洲先生が本種がどんなにデカくっても、プランクトン濾過食であることを知ったら、もっとびっくりなさるだろうなぁ。]
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