栗本丹洲 魚譜 ヱイ 腹中 初生ノ胎子 (エイの胎児の乾燥標本)
[やぶちゃん注:図版は国立国会図書館デジタルコレクションの「魚譜」からトリミングした。左上部にあるのは、次の次に出る非常に大きなエイの尾の一部であるが、本図(エイの胎児)とは全く関係がない。]
□翻刻1(原図の一行字数と合わせたもの)
ヱイ 腹中 初生ノ胎子
乾腊スルモノ下図ノ如シ
又三四尺ノ母魚肚肥大者
漁人子アルヲ知テ其陰
戸中ヘ手ヲサシ入テ胎子
ヲ探出スニ七八寸ヨリ尺
許子十餘頭アリ
二十餘頭出ルモアリト云
□翻刻2(片仮名を平仮名に代え、句読点及び推定で一部に歴史的仮名遣で読みを附し、連続させ、読み易くするために一部に推定で補助を加えたもの。最初の一行は字空けが施されてあり、明らかに図の標題と読めるので、前後を鍵括弧で囲み、中黒を附して独立させた)
「ヱイ・腹中・初生の胎子(はららご)」
乾腊(かんせき)するもの、下図の如し。又、三、四尺の母魚(ぼぎよ)、肚(はら)の肥大せる者、漁人(ぎよじん)、子あるを知りて、其の陰戸(ほと)の中へ、手をさし入れて、胎子(はららご)を探り出だすに、七、八寸より尺許(ばか)りの子、十餘頭あり。二十餘頭出づるもあり、と云ふ。
[やぶちゃん注:軟骨魚綱板鰓亜綱エイ上目
Batoidea のエイ類の胎児標本。エイ類の多くは卵胎生である。流石に、この乾燥標本図から種までは私には同定出来ない。但し、後注で候補の一種は掲げておく。
「ヱイ」御覧の通り、ここでは「ヱ」ではなく、はっきり「ヱイ」と表記している。鱏(えい)には二様の表記法が存在したことがあったことがこれで判る。
・「初生」卵から生まれたばかりの子。但し、当時の一般人の認識には卵胎生という認識はないから、これは人間と同じ胎児と認識していたであろう。丹洲がどうであったかはよく判らぬが、やはり卵胎生という区別はなかったのではないかと考える。
・「胎子(はららご)」何となく、この絵を見ていると可哀想な気がして、こう訓じたくなっただけである。「たいし」「たいじ」「はらこ」「はらご」でもよい。
・「乾腊(かんせき)」「腊」は干し肉の意がある。別に「重ねる」の意があることから、植物の圧を加えて作製する乾燥標本(押し花)の手法を乾腊法などとも呼ぶが、この胎児標本は圧を加えているようには見えないので、それは採らず、単に乾燥させて作った標本の意で採る。ネット上では学術的な記載でも乾腊を「かんさく」と読んでいるものを多く見かけたが、これは誤りである。そんな読みはこの「腊」の字はない。一言、注意しておく。
「三、四尺」九十一センチメートルから一メートル二十一センチメートルほど。かなり大きい。本邦の近海で漁師が普通に知っていて、これだけ大きくなるとなると、板鰓亜綱トビエイ目アカエイ科アカエイ属アカエイ Dasyatis akajei を同定候補に挙げることは可能である。次の記載からも実は、これは結構、有力な同定ではないかと私は考えている。
「陰戸(ほと)」♀の総排出腔(生殖管・尿管・肛門が一体となったもの)。「ほと」は本来はヒトの女性生殖器のこと。実はアカエイの♀の総排出腔は人間の女性器に似ており、アカエイのことを別名で「傾城魚(けいせいぎょ)」とも称する。実際、古くは漁師がこれを捕えて毒針を切り落とし、欲求処理の代用品としたことは、かなり知られた話である。
「七、八寸より尺許(ばか)り」二十一~二十四センチメートルから三十・三センチメートル。]


