栗本丹洲 魚譜 キンザンジ (ギンザメ(アカギンザメか?))
[やぶちゃん注:図版は国立国会図書館デジタルコレクションの「魚譜」からトリミングし、合成した。上下で棘尖端や鰭の一部が切れてしまっているのは、原巻子本のママ。実際には前との図との接合も完全には上手くいっておらず、拡大してみると、恐らくは尾部の先端も截ち切られてしまっていると思われる。右上部にちょっと突出しているのは、前の「狂言バカマ」の口吻部で、本図とは全く関係がない。]
□翻刻1(原典のママ)
キンザンジ
丹洲案ニ此稱ハ
ギンザメノ轉訛ナリ
□翻刻2(今まで通り、読み易く整序変更した)
「キンザンジ」
丹洲、案(あん)ずるに、此の稱は「ギンザメ」の轉訛(てんか)なり。
[やぶちゃん注:本図は深海魚の、軟骨魚綱全頭亜綱ギンザメ目ギンザメ上科ギンザメ科ギンザメ属ギンザメ Chimaera 類の♀(頭部形状から推定)に同定出来る。尻鰭が独立して確認出来ないような描き方がなされているところからは、本邦のギンザメ類の代表種であるギンザメ属ギンザメ Chimaera phantasma ではなく、アカギンザメ属アカギンザメ Hydrolagus mitsukurii ではなかろうかとも私は考えている。なお、名前は「赤銀鮫」であるが、本種の個体が総て赤いわけではない。成体に近づくと、全身に赤色を帯びて、白点斑が散らばるようになるだが、若年個体は全体に白い。手元に「しんかい2000」が水深五百メートル(通常ギンザメ類はそこら辺りから八百三十メートルの深海域に棲息する)で撮影した弱年個体(全長四十五センチメートル。成体の最大個体は一メートルを超える)の写真があるが、体部は全くギンザメ類と同じく銀白色で、鰭の周辺だけが黒いのみで、少しも赤くない。そもそもが深海から揚げられて、江戸まで持って来られた頃には、本来の原色は既に失われている可能性も高い。
実は丹洲はこのギンザメ類が、殊の外、お気に入りだったようで、この後、本ギンザメ属だけでも、なんと、本図を含めて十三図のオン・パレードとなる。なお、その内、ずっと後に出る一図は、細部の形状等の酷似した相同性から見て、私の観察する限り、本図と全く同一の個体を別に一枚描いたものと思われるものさえ含まれている(これ。尾部は巻子本なので「前」をクリックして表示されたい)。その間にも、ギンザメ目テングギンザメ科Rhinochimaeridae のテングギンザメ類が二図ある。他にネコザメやドチザメ及びサメの卵鞘や稚魚及びカスザメの図が途中に挟まっているものの、それらは有意に図が小さく、ギンザメ・パレードでは食傷する鑑賞者がいるかも知れないとでも丹洲が思った思わなかったは判らぬが、添え物的でギンザメ類のパワーに比して画力も格段に劣る。
私は既に先月、『博物学古記録翻刻訳注 ■17 「蒹葭堂雑録」に表われたるギンザメの記載』で本ギンザメ類を扱っている(そちらでは図が背鰭と尾鰭の区別が出来るように描かれている点から、ギンザメ属ギンザメ
Chimaera phantasma の♀に比定した)ので、ギンザメ類の概説はそちらの注を参照されたい。私のポリシーから言っておくと、背鰭前縁にある図でも目立った一本は毒腺のある棘を持つ。人に対する毒性は弱いものの、刺されれば痛むので危険である。
「キンザンジ」舐め味噌の「金山寺」に掛けたのであろう。丹洲は「銀鮫(ギンザメ)」の発音の訛ったものと如何にもな附言をしているが、験(げん)担ぎをする漁師は、二番手の「銀」より「金」を名に附すのに好むものとも私は思う。]