栗本丹洲 魚譜 ガンギ (真正のガンギエイ一個体の背部と腹部)
[やぶちゃん注:図版は国立国会図書館デジタルコレクションの「魚譜」からトリミングした。台盤の左右端が切れているのが気に入らない。同一個体の背部・腹部の二枚続きはよい。]
□翻刻1
ガンギ 一種有斑紋者
其味ヨコサヨリ
ヨロシ
仝 裏 此圖甲申夏月参政堀田矦所惠贈
□翻刻2(訓読し、一部のカタカナをひらがなに代え、句読点・記号を打ち、推定で送り仮名を送って、連続させた)
「ガンギ」の一種。斑紋有る者。其の味、「ヨコサ」より、よろし。
仝(どう) 裏 此の圖、甲申(きのえさる)夏月、参政堀田矦(こう)、惠贈せらるる所のもの。
[やぶちゃん注:これは頭部の軟骨の吻状の突起及び前面の左右の曲線と、背部の特徴的斑紋から、真正の軟骨魚綱エイ目ガンギエイ科Rajinae
亜科ガンギエイ属ガンギエイDipturus kwangtungensis(Raja kenojei とする記載も見かけたが、辞書類が概ね前者であること、私が最も信頼している「国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)」の「BISMaL: Biological Information System for
Marine Life」に従った。これ)に比定してよい。全長六十五センチメートル。背面は暗褐色の地に、不規則な淡色斑紋があり、胸鰭基部に眼状紋を有する。腹面は一様に暗灰色。背部中央に一~三本、尾部正中線に♂では一列、♀では三列の鋭い肥大棘がある(従って本図は♂であることが判明する)。水深 二十~八十メートルの砂泥底に棲む。北海道から東シナ海・黄海に広く分布する。卵生(以上の種記載は「ブリタニカ国際大百科事典」に拠った)。前にも出した椎名氏の「魚のブログ」の「ガンギエイ」も必読。
・「ヨコサ」軟骨魚綱板鰓亜綱トビエイ目ツバクロエイ科ツバクロエイ属ツバクロエイGymnura
japonica の異名。「ぼうずコンニャクの市場魚介図鑑」の「ツバクロエイ」の「地方名・市場名」に『ヨコサエイ』とある。なお、同記載を読むと、『尾に棘があり、危険なので嫌われている』。『味は悪くはないが』、『一般的に食用とはしない』としつつも、料理してみると、実際には味はかなりいいとある(味噌汁が絶品らしい。『エイ類のみそ汁は実に味がいい。なかでも本種のものは屈指の味だと思われる。昆布も鰹節も不要。ニラが合う』とあるから、相当美味いようだ)。土台、エイ食の主体たるガンギエイ類と比べられたのが災いしているようだ。
・「仝(どう)」「同」。
・「甲申(きのえさる)」文政七年甲申。一八二四年。繰り返さないが、やはり、本「魚譜」の原資料以降の加筆分であることが判る。
・「参政」執政(老中)の次位にあって政治に参与する職。若年寄。或いは大名の用人(ようにん)も指す。
・「堀田矦(こう)」この文政七(一八二四)年当時の幕府若年寄で、丹洲に捕獲物された成体のガンギエイを贈って呉れる奇特な人物は……いた! いた! この時は近江堅田藩(後に下野佐野藩へ移封)藩主で若年寄の堀田正敦(ほったまさあつ 宝暦五(一七五五)年~天保三(一八三二)年)である。彼が若年寄であったのは、寛政二(一七九〇)年から天保三年一月末(致仕。その五ヶ月半後に逝去した)である。彼は老中松平定信の「寛政の改革」を助け、そこでは和歌を中心とした文教新興策を採ったり、文化四(一八〇七)年には蝦夷地へのロシア人侵入を視察するために松前藩へ出向くなど、政務に精力的であったが、参照したウィキの「堀田正敦」によれば、『同時に和漢の学識に富み』、「寛政重修諸家譜」『編纂の総裁を務め』、また、『蘭学者を保護するなど』、『学者を厚遇し、自らも鳥類図鑑』「禽譜(きんぷ)」及び解説書「観文禽譜(かんぶんきんぷ)」を『編纂するとともに』、「観文獣譜」「観文介譜」(貝類の博物書)も『執筆している』。特に、この「禽譜」「観文禽譜」は『鳥類分類図鑑で、鳥類の生物学的記載のみならず、関係する和歌や漢詩などの考証も記載した総合学術辞典としての性格を有する』優れた博物書である。詳しくはリンク先を参照されたい。]



