栗本丹洲自筆「鱟」(カブトガニ)の図
[やぶちゃん注:東京国立博物館蔵の帝室博物館編「博物館虫譜」より。栗本丹洲の自筆画。画像は東京国立博物館の「研究情報アーカイブズ」のデジタル・コンテンツにあるもの(ここ。画像番号・C0071677/列品番号・QA-959)の上下左右をトリミングして用いた。上記リンク先の資料は東京国立博物館の「デジタルコンテンツ無償利用条件」(こちらを参照)によって、『非商業目的で』『「デジタルコンテンツ無償利用条件」』『を満たす』『利用については、特別な手続きを経ることなく無償で複製、加工、出版物やウェブサイトへの掲載等を行うことができ』るとし、その場合、『東京国立博物館提供のコンテンツであることを、著作権法に定める引用の方法に準じて明示し』、『ウェブサイト等に掲載する場合は、掲載ページ内に当館「研究情報アーカイブズ」サイトへのリンクを含め』ること、『画像について加工、変形等の操作を行った場合は、利用者においてその旨を明示』することが示されており、以上の私の記載で、それは満たされていると判断する。また、そこで「非商業利用の例」としては、『個人その他非営利団体が運営する営利を目的としないWebサイト』とあり、私のブログはそれに該当する。以上の通りであるからして、上記図版のみを勝手に使用されぬよう、くれぐれもお願いする。藪野直史]
□翻刻1(原画のママ。一行字数も一致させたもの。但し、原画像の解像度が著しく低いために、細部がよく判らぬのが恨みである。約物のカタカナの「ト」と「モ」の合字は正字化した。一行目の「カブトガニ」のように見えるが、他の濁音字、例えば直前の「ブ」直後の「ガ」、その下方の「ジ」、何より更にその同行最後にある同じはずの「ド」の濁点と比べても、明らかに違うので、ここは汚損或いは虫食いと採って「ト」とした。但し、以上の不鮮明さから、「海ドングハン」の「グ」、「鱟音教」の「教」にはやや自信がない。しかし根拠を以って比定はした。それは後注を参照されたい。■は遂に判読出来なかった字である。識者の御判読を切に乞う)
鱟魚 和名カブトガニ ウジキガニ ハチガニ 海ドングハン
鱟音教 唐人ガニ
トモ云肥前長崎ノ方言ナリ
寛政十午年季夏■日■浦御舩藏ニ於テ寫眞ス
淸人常ニ是ヲ食フ因テ唐人ガニト云
□翻刻2(私が読み易く整序・訓読し、一部に推定で歴史的仮名遣で読みを添えたもの)
「鱟魚(コウギヨ)」
和名、「カブトガニ」・「ウジキガニ」・「ハチガニ」・「海ドングハン」。
「鱟」、音、「教(カウ)」。
「唐人ガニ」とも云ふ。肥前長崎の方言なり。
寛政十午年季夏、■日■浦御舩藏に於いて寫眞す。
淸人、常に是れを食ふ。因りて「唐人ガニ」と云ふ。
[やぶちゃん注:節足動物門鋏角亜門節口綱カブトガニ目カブトガニ科カブトガニ属カブトガニ Tachypleus tridentatus。かなり知られているので言わずもがなであるが、通常の我々が知っている「蟹」(カニ)類は節足動物門甲殻亜門 Crustacea であるが、本カブトガニ類は鋏角亜門 Chelicerata であって、「カニ」と名附くものの、カニ類とは極めて縁遠く、同じ鋏角亜門 Chelicerata である鋏角亜門クモ上綱蛛形(しゅけい/くもがた/クモ)綱クモ亜綱クモ目 Araneae のクモ類や、その近縁の蛛形綱サソリ目 Scorpiones のサソリ類に遙かに近い種である(鋏角亜門には皆脚(ウミグモ)綱 Pycnogonida も含まれる。なお、現生カブトガニは全四種である)。実は私はカブトガニについて書かれた現在の専門家の著作を複数冊所持しているのであるが、書庫の奥に埋没しており、今は探し出せなかった。或いは、以下の不明箇所はそれらで解消するかも知れない。見出した際には、追記する。
「鱟魚(コウギヨ)」漢名。
「ウジキガニ」「ウジキ」の漢字表記と意味は私は不詳であるが、「本朝食鑑」(医師で本草学者であった人見必大(ひとみひつだい 寛永一九(一六四二)年頃?~元禄一四(一七〇一)年:本姓は小野、名は正竹、字(あざな)は千里、通称を伝左衛門といい、平野必大・野必大とも称した。父は四代将軍徳川家綱の幼少期の侍医を務めた人見元徳(玄徳)、兄友元も著名な儒学者であった)が元禄一〇(一六九七)年に刊行した本邦最初の本格的食物本草書)や寺島良安の「和漢三才圖會 卷第四十六 介甲部 龜類 鼈類 蟹類」に(リンク先は私の古い電子化注。「鱟」の項を見られたい)、カブトガニの異名として『宇牟幾宇(うむきう)』(前者)『宇無岐宇』(後者)が載り(「本草綱目啓蒙」(江戸後期の本草学研究書。享和三(一八〇三)年刊。江戸中後期の本草家小野蘭山の「本草綱目」についての口授「本草紀聞」を孫と門人が整理したもの。引用に自説を加え、方言名も記している)にはこれを筑前の方言とする)、これと「ウ」と「キ」の音が一致はする。識者の御教授を乞う。
「ハチガニ」形状から「鉢蟹」。本草学者松岡恕庵(寛文八(一六六八)年~延享三(一七四六)年)の「怡顔斎介品(いがんさいかいひん)」に『安藝ニテ鉢蟹(ハチガニ)ト云フ』と出る。国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを見られたい。
「海ドングハン」「グ」は「ダ」にも見えるが、私はこれは本種の本体を銅鑼(どら)に模した方言と見、「ドングハン」は「ドンガン」で銅鑼のことではないかと推察して、かく判読した。
『「鱟」、音、「教(カウ)」』「教」は判読に困ったが、「鱟」の音は「コウ」(歴史的仮名遣でも同じ)で、「教」には音に「カウ」、現代仮名遣で「コウ」があることから、発音の類似性から、この字に比定した。別字であると判読される方は、お教え戴ければ幸いである。
「寛政十午年」寛政十年は戊午(つちのえうま)。西暦一七九八年。
「季夏」は旧暦六月(水無月)の異名で夏の末に当たる。
「■日■浦御舩藏」いろいろと考えて見たが、遂に判読出来なかった。幕医であった栗本丹洲がカブトガニが棲息している西日本(カブトガニは古くは大阪湾にも棲息していたことが判っている)に行ったという事実を確認出来ないので、「■日■」を、当初は江戸の御船蔵があった「兩國」とか(「■日」の部分)、その近くにあった「新大橋」(二つ目の判読不能字は「橋」のようにも見える)をこれに当てようと調べてはみたが、崩し字として孰れも到底、適合しない。識者の御教授を切に乞うものである。
「淸人、常に是れを食ふ」中国でカブトガニを食用とするという記事は「本草綱目啓蒙」などの本邦の諸本草書に記載があり、「本朝食鑑」の島田勇雄氏の訳注の第五巻(一九八一年平凡社東洋文庫刊)の「鱟」の最終訳注にも『中国では、小野蘭山の言うように食用に供したものであろう』とある。事実、カブトガニ類は現在も中国(南部)や東南アジアで食用にされている。但し、毒化個体が存在し、死亡例もあるようなので非常に危険である。ウィキの「カブトガニ」によれば、『日本においては』、概ね『田畑の肥料や釣りの餌、家畜の飼料として使われてい』ただけであるが、『中国やタイ等の東南アジアの一部地域ではカブトガニ類が普通に食用にされている。中国福建省では「鱟」(ハウ)と呼び卵、肉などを鶏卵と共に炒めて食べることが行われている。日本でも』、『山口県下関など一部の地域では食用に用いていたこともあったが、美味しくはないと言われている』。『大和本草は「形大ナレトモ肉少ナシ人食セス」、和漢三才図会は「肉 辛鹹平微毒 南人以其肉作鮓醬」としている』。『ただし、外観が似ているマルオカブトガニ』(カブトガニ科 Carcinoscorpius 属 Carcinoscorpius rotundicauda)『など一部の近縁種には、フグの毒として知られるテトロドトキシンを持っており、食用には適さない。上記地域では食中毒事件がしばしば発生している』。]
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