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2018/04/26

進化論講話 丘淺次郎 第十四章 生態學上の事實(5) 四 保護色(Ⅱ) (図中の昆虫や蜘蛛類の同定に非常に手古摺ったので分割して示す)

 

Konohaninitaga

 

[木の葉に似た蛾]

[やぶちゃん注:前記事で述べた通り、ここで用いた画像は二枚とも国立国会図書館デジタルコレクションの画像である。本文では「アッサム地方産の蛾」とする。鱗翅目キバガ上科マルハキバガ科 Oecophoridae の一種か? 私は昆虫は総体、守備範囲外なので、よく判らない。より適切な科・属・種がある場合は、御教授戴ければ、この注を修正する。]

 

Hogosyokutogitai

 

[保護色と擬態

1 木の葉蝶

2 えだしゃくとり

3 蛾の一種

4 あまがへる

5 蝶の一種とその幼蟲(以上保護色)

6 (右)すかしば(左)蜂(擬態)]

[やぶちゃん注:図がフライングになるが、今まで、底本のような文中への図の挿入はしてこなかったこと、以下の文章が長いこと等から、ここに以上の二図を配することとした。以下、種同定候補を示す。

1 鱗翅目アゲハチョウ上科タテハチョウ科タテハチョウ亜科コノハチョウ族コノハチョウ属コノハチョウ Kallima inachusウィキの「コノハチョウ」によれば、『成虫の前翅長は』四・五~五センチメートルで、『翅の裏面は枯葉に非常によく似た模様を持つ。模様は個体変異が多く』、一『匹ずつ模様が異なると言ってもよい。さらに前翅の先端は広葉樹の葉先のように尖り、後翅の後端は葉柄のように細く突出する。一方、翅の表側は藍色で、前翅に太い橙色の帯が入り、裏側とは対照的な鮮やかな配色である』。『翅の裏側が枯葉に似るため、擬態の典型例としてよく知られている昆虫である』とある。但し、表面がド派手なコノハチョウの生存戦略は、ただ枯葉に化けるだけではなく、もっと複雑で巧妙あるようだ。高桑正敏氏の「コノハチョウは木の葉に擬態しているのか?タテハチョウ類の生存戦略を考える(PDF)を是非、読まれたい

2 鱗翅目シャクガ科ダシャク(枝尺)亜科 Ennominae に属するエダシャク(ガ)類の、多くの幼虫の総称。

3 鱗翅目カレハガ科カレハガ亜科マツカレハカレハガ亜科 Dendrolimus 属マツカレハ Dendrolimus spectabilis 或いは上位のカレハガ科 Lasiocampidae の類か

4 本邦産種ならば、両生綱無尾目カエル亜目アマガエル科アマガエル亜科アマガエル属ニホンアマガエル Hyla japonicaウィキの「ニホンアマガエル」によれば、『体色は腹側が白色で、背中側が黄緑色だが、背中側は黒っぽいまだら模様の灰褐色にも変えることができ、保護色の一例としてよく知られる。この色の変化は、周りの環境、温度、湿度、明るさなどに応じてホルモンを分泌し、皮膚の色素細胞を拡張・伸縮させることによる。また、たまに色素細胞の変異が起こり、体色が青や黄色の個体がみられることもある。たまに話題となる空色の蛙は、本種の黄色色素が先天的に欠乏したものである』。『なお、夜間では土の上でも緑色を呈する』とある。

5 ここは成体の蝶ではなく、幼虫の保護色を指しているものと思われるが、成蝶は見るからに鱗翅目アゲハチョウ上科シロチョウ科シロチョウ亜科シロチョウ族モンシロチョウ属モンシロチョウ Pieris rapae であり、同種の幼虫は食草であるキャベツなどと同じ緑色をして保護色を用いている。しかし、モンシロチョウなら、丘先生はモンシロチョウとするように思うのだが? 或いは単にキャプションの字数制限からこうしただけなのかも知れぬ

6 「すかしば」とは鱗翅目Glossata 亜目Heteroneura下目スカシバガ(透羽蛾)上科スカシバガ科 Sesiidae に属する蛾の一種群であるが、触角が棍棒状を呈し、体を覆っている鱗粉によって、体部に黒と黄の蜂に似た斑紋を有する種が多く,また、昼飛性でもあるため、人間でも蜂と誤認し易い。世界中に分布しているが、熱帯には同一地域に棲息する大形で美麗なハチとよく似た種が分布している日本産では二十五種おり、ハチ類とスカシバガ科のガ類とが擬態関係にあって、同一地域に、外見上、よく似たハチとスカシバガが棲息していれば、毒針を持つ、生物ピラミッドの相対的に上層に位置するハチがモデルとなり、スカシバガがこれに擬態することによって、生命の安全が、ある程度まで保証されることになる点では、「ベイツ(Bates)型擬態」であるとは言えるベイツ(型)擬態とは、自身は有毒でも不味くもないが、他の有毒であったり、不味いの種と形態・色彩・行動などを似せて捕食を免れる擬態を指し、発見者のイギリスの探検家ヘンリー・ウォルター・ベイツ(Henry Walter Bates 一八二五年~一八九二年)に因む。これに対し、有毒・不味のもの同士が、共通の目立つ形態や色彩を有することで捕食者に警告しているとする擬態を「ミューラー(Muller)(型)擬態」(発見者のドイツの博物学者フリッツ・ミューラー(Fritz Muller 一八二二年~一八九七年)に因む)と呼ぶ但し、この擬態概念(特にベイツ擬態)については、その効果や形成に種々の疑問があり、未だ定説とは言えないというのが、昨今の認識のようである。]

 

 斯くの如く、多くの動物は各々その住む處に應じた色を有し、そのため之を見出すことがなかなか困難であるが、この事は攻めるにも、攻められるにも、その動物自身から見れば、極めて利益の多いことで、敵である動物から見れば甚だ迷惑なことである。攻める上からいへば、餌となるべき動物が知らずして近づいて來るから、容易に之を捕へることが出來る。また攻られる上からいへば、自分がそこに居ても、敵が知らずして通り過ぎるから、その攻擊を免れて身を全うすることが出來るが、兩方ともに敵となる側から考へれば、之と利害が全く相反するのであるから、極めて不利益なことに相違ない。されば、動物の色がその住處の色と同じであることは、攻擊の方便としてもまた防禦の方便としても、その動物自身だけには、頗る利益のある性質といはねばならぬが、或る動物になると、たゞ色や模樣が似るのみならず、身體の全形までが、或る物に似て、到底識別が出來ぬ程である。その最も有名な例は、琉球邊に産する木葉蝶(このはてふ[やぶちゃん注:原典では「ふ」は「う」のようにも見えるが、正しい歴史的仮名遣で示した。])、内地到る處に産する桑の枝尺蠖(えだしやくとり)、南洋諸島に産する木葉蟲(このはむし)などであるが、詳しく調べれば、内地にも尚その他に種々の例がある。次に插入した三色版圖のは木の葉蝶であるが[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションの画像は残念ながら総てがモノクロームである。ここで言っているのは後に示す大きな図版「保護色と擬態」の「」の「木の葉蝶」の図のことである。]、この蝶は翅の表面は美麗な色を有するに拘らず、裏面は全く枯葉の通りの色で、翅の全形も木の葉と少しも違はず、葉脈の通りの模やうまで具はつてあるから、翅を閉ぢて木の枝にとまると、なかなか見出されるものではない。この蝶の産する地方を旅行した博物學者の紀行には、この蝶の飛んで居るのを見附け、或る枝にとまつたまでは確に見屆けたが、そこを搜しても容易に解らず、一時間餘も掛かつて搜し出したのに、全く自分の目の前に居たなどといふことが屢々載せてある。先年或る人がこの蝶の翅を閉じたまゝの標本を林檎の枯葉の附いた枝に添へて、硝子箱に入れて、大勢の人に見せた所が、誰も之に氣が附かず、餘程過ぎてから僅に一人が蝶の頭と觸角とを見附けて、この枯葉の下に蝶が隱れて居ると叫んだ。倂しその枯葉と思ふたものが蝶自身の翅であることは、尚考へ及ばなかつた位であるから、廣い處でこの蝶のとまつて居るのを見附けるのは、餘程困難に違ない[やぶちゃん注:「違ひない」の脱字。]。またこゝに掲げたのは、印度のアッサム地方産の蛾の圖であるが、之もやはり翅に木の葉の模やうがあるから、とまつて居るときには、なかなか容易には見附からぬ。特に面白いことは木にとまるときに、翼を縱に疊む蝶類では、翼の裏面が木の葉の通りであるに反し、翅を水平に疊む蛾の方ではこの通りに翅の表面に木の葉の模樣がある。また三色圖版のに示したのは桑の害蟲である尺蠖であるが、この蟲は色も形も眞に桑の小枝の通りで、人間も常に之には瞞される[やぶちゃん注:「だまされる」。]。總べてかやうな蟲類には、自分の身體の色と形とが他物に似て居ることを、十分に利用する本能が具はつて居るもので、この蟲なども、體の後端にある二對の足で桑の枝に附著[やぶちゃん注:「ふちやく(ふちゃく)」。]し、身體を一直線に延ばし、恰も小枝と同じ位な角度をなして立つて居て、容易に動かぬ。尚口からは細い絲を吐き、之を以て頭と枝との間を繋ぎ、成るべく疲勞せぬやうな仕掛けにするから、長い間少しも動かずに居ることが出來る。それ故、農夫なども往々之を眞の小枝と誤り、持つて來た土瓶などを之に掛けて割ることがあるといふが、この位に小枝に似て居るから、鳥類がこれを見附けて食ふことはなかなか容易でない。夜になつて、鳥類が皆巢に歸つてしまふと、この蟲はそろそろ這ひ出して桑の葉を盛に食ふ。實に桑に取つては餘程の害蟲である。また南洋諸島に産する木葉蟲は、全身綠色で木の葉の通りの形狀を呈し、葉脈に相當する線まで總べてそのまゝであるが、之も木にとまつて居るときは、近邊にある無數の眞の木の葉との識別がなかなか出來ぬから、たとひ目の前に居ても容易には見附けられぬ。

[やぶちゃん注:「木葉蟲(このはむし)」昆虫綱ナナフシ目コノハムシ科 Phyllidae のコノハムシ類。ウィキの「コノハムシ科」によれば、『熱帯アジアのジャングルに広く分布しており』、二十『種程が確認されている。草食性で、メスは前翅が木の葉のようになっており、翅脈も葉脈にそっくりで、腹部や足も平たく、飾りのための平たい鰭もあり、木の葉に擬態する。一方、オスは細長い体型で、腹部のほとんどが露出しているため』、『木の葉に似てないが、後翅が発達していて飛ぶことが出来る。周囲の色によっては、黄色や茶色の個体も見られる』とある。代表的な種はコノハムシ Phyllium pulchrifolium(体長約六十八~八十ミリメートルで、東南アジア・スリランカ・インドに棲息し、グアバやマンゴーの葉を摂餌する)や、オオコノハムシ Phyllium giganteum(体長は約十センチメートルと、コノハムシ類では最大種で、マレー半島に棲息する)等がいる。擬態例として、お馴染みではあろうが、グーグル画像検索「Phyllidaeをリンクしておく。]

 

 以上は、孰れも身を護るために他物に似て居る例であるが、容易に餌を捕へ得るために、他物に似て居る動物もある。例へば蜘蛛の類には鳥の糞と全く同樣な彩色・形狀のものがあり、木の葉の表面に靜止して、蝶などの來るのを待つて居る。蝶の類には好んで鳥糞の處へ飛び來る種類があるから、蜘蛛はたゞ待つてさへ居れば、相應に餌を捕へることが出來る。また蜘蛛の中には、蟻と寸分も違はぬ形のものがある。蟻には足が六本と觸角が二本とあるが、蜘蛛には觸角がなくて足が八本あるから、普通には蟻と蜘蛛とは大に形狀が違ふが、この蜘蛛は前の二本の足を蟻の觸角の如くに動かし、他の六本の足で走るから、愈々蟻の通りに見える。常に木の葉の上に居て、蟻を捕へて食ふが、蟻は蜘蛛と知らずに近くまで寄つて來るから、之を捕へることは甚だ易い。アフリカの沙漠で、駝鳥を取るときに、土人が駝鳥の皮を被つて、之に近づくのと理窟は少しも違はぬ。

[やぶちゃん注:「蜘蛛の類には鳥の糞と全く同樣な彩色・形狀のものがあり、木の葉の表面に靜止して、蝶などの來るのを待つて居る」これは例えば、和名通り、鋏角亜門蛛形(クモ)綱クモ目コガネグモ科トリノフンダマシ属 Cyrtarachne の種群が代表格であろう。但し、丘先生の、摂餌のために糞に擬態しているというのは、現行では、少なくとも、本属では否定されており、隠蔽のためのそれであるウィキの「トリノフンダマシ属」によれば(下線やぶちゃん)、『トリノフンダマシ属のクモは、いずれも丸っこくてつやのある腹部に美しい斑紋を持ち、普段は目につかず』、『探すのがやや難しい』とあり、『このような体色の美しさは、擬態に繋がっていると考えられた。このクモは長く網を張ることを知られておらず、擬態によって虫が近づいてきたのを捕らえると考えられたが、後に網を張ることが判明した。しかし』、『その網は少々特殊なもので』ある(後述)。『体長は雌で』一センチメートル『程度の中型のクモ』で、『性的二形は著しく、雄はせいぜい』三分の一、『種によっては』、体長一~二ミリメートルと、雌の十分の一程度『しかない。雄の形態は』、『ほぼ雌のそれに準じるが、斑紋等ははっきりしたものはなく、大抵は一様な褐色で、種の判別は肉眼では難しい。以下、雌について述べる』。『頭胸部は中央が盛り上がるが、なめらかで大きな凹凸や突起はない。腹部は大きく、横幅が広い。また前の方は頭胸部に被さって半ば以上を覆う。腹部背面はなだらかに盛り上がり、特に突起などはないが、前後に数個ずつの筋点が見られる』。『歩脚は特に長くはなく、縮めると頭胸部にぴたりと寄り添い、目立たなくなる』。『体色は種によって異なり、また個体変異もあるが、いずれも珍奇な外見を示し、擬態に関わるもの』、『と考えられてきた』。『日本産の』四『種のうち、トリノフンダマシ』(Cyrtarachne bufo)『とオオトリノフンダマシ』(Cyrtarachne inaequalis)は、『いずれもハート形に近い腹部は白から黄色の地色で、両肩(腹部前方の左右に張り出した部分)に白と褐色系による曖昧な渦巻きのような模様がある。シロオビトリノフンダマシ』(Cyrtarachne nagasakiensis)『では横長の腹部の真ん中を横切るように白い帯があり、その前後は黒く、腹部後端近くは淡い褐色になっている。これらの種では表面がなめらかでつやつやしい事が、まるで濡れているような見かけを与えることもあって、その姿を新鮮な鳥の糞のように見せる。「鳥の糞騙し」の名はこれに基づく。実際に野外で静止している際には、歩脚をしっかりと頭胸部に引き寄せ、ほとんど腹部しか見えないため、知っていなければ蜘蛛とは思えない』。『これに対して、アカイロトリノフンダマシ』(Cyrtarachne yunoharuensis)『では、地色が鮮やかな赤で、そこに白い斑紋が水玉模様のように入る。その表面はやはり強いつやがあり、これはテントウムシ類に擬態しているとされる』(クモ嫌いの方のために画像リンクはしないが、相当に派手である)。『特に前者の擬態については、このクモの造網習性が知られる以前には攻撃のための擬態ではないかと考えられていた。鳥の糞から水分や栄養を摂取する昆虫は少なくないので、そのようなものが鳥の糞と間違えて接近してきたところを捕らえる、との判断である。しかし』、『これは否定されたため、擬態であるにせよ、隠蔽のためのそれと考えられている』。『なお、トリノフンダマシとオオトリノフンダマシではその斑紋から』、『カマキリの頭に擬態しているとの説をネット上などで見かけるが、これはクモ学の分野では特に取り上げられていない』。『この属の蜘蛛は、昼間はほぼ完全に静止したままである。普通は植物の葉裏に静止している。その際には歩脚をしっかり体に引きつけるため、頭胸部と歩脚は腹部の前縁からわずかに覗くだけとなる。特にススキでよく見つけられるとされる』。『夜間に網を張る。網は水平円網であるが、非常に目が粗く、縦糸も横糸も数が少ない。クモは暗くなってから網を張り、明るくなる前には網を畳み、葉裏に潜む。その際、網に虫が残っていた場合には、糸で丸めて持ち去り、葉裏で食べるという』。『卵嚢はほぼ球形から楕円形の袋状で、細長い釣り手のような柄があってぶら下がる。クモは枝先の葉陰などに不規則網のような形に糸を張り巡らしてそこに卵嚢をぶら下げ、親はそのそばに止まる。往々に複数をまとめてつける』。『孵化した幼生は成体になるまで網を張らず、葉先などで前二対の歩脚を大きく広げて構え、通りかかった小さな虫を直接に捕らえる』。『このクモの網については興味深い点が多』く、『一つには、コガネグモ科』(Araneidae)『のものは円網を張るのが普通だが、そのほとんどは垂直円網であり、水平円網を張るものはごく少ないことである。水平円網を張ることが多いのは、アシナガグモ科』(Tetragnathidae)『などである』。『ところが、アシナガグモ科の水平円網と』、『このクモの網も大変に異なっている。上記のように、このクモの網は糸がごく少なく、非常に編み目が粗いが、特殊な点はそれだけに止まらない。普通の円網では放射状に張られた縦糸に対して粘液を持つ横糸は渦巻き状になっているのだが、このクモではほとんど同心円状になっていて、ひと繋がりの渦巻きにはなっていない』。『さらに張り方も異なる点がある。普通は先ず放射状の縦糸を張り、次に内側から外側にあらく粘性のない糸を張る。これは足場糸と呼ばれ、クモはそれを付けた後に、今度は外側から粘性のある横糸を張ってゆく。その時に足場糸を伝って次の縦糸に移動することで横糸の位置を定めるようにし、足場糸が邪魔になると切り捨てる。ところが、このクモの場合、足場糸をつけず、縦糸のあとに直接横糸を張る。そのために、クモは縦糸から次の縦糸に写る際に必ず中心を経由して移動する。それに、横糸は渦巻きではなく、往復移動を繰り返すことで張る』。『また、このクモの網には機能的にも独特な点がある。先ず、横糸が弛んで張られていること、また横糸にある粘球が大きく、しかも縦糸との接触部にはないことである。そのために夜間に明かりで照らすと、横糸の両端が見えなくて、途中だけが白く光って見える。そしてこの糸に虫がかかると、縦糸との接点で切れるようになっている。これは、獲物としてガを捕らえるのには都合のいい性質である。ガの体には鱗粉があるため、普通のクモの網ではガが引っかかった時にもがくと鱗粉だけを網に残して逃れることが出来るが、このクモの網では糸が片方で切れてガの体に巻き付き、縦糸からぶら下がった状態で』捕『まってしまう。クモはこの糸を吊り上げてガを捕らえることが出来る』『このクモの近縁群に』、北アメリカに棲息する『ナゲナワグモ』(コガネグモ科ナゲナワグモ属 Mastophora)『の習性を持つ』、オーストラリアに棲息する『イセキグモ属』(Ordgarius)『などがいる。この特殊な獲物の捕まえ方がどのように発達したかについて、このクモの網がその発端になったと考えられるようになった。つまり、上記のようにこのクモがガを捕まえる場合、ガを吊り上げる形になり、その状態はナゲナワグモが獲物を捕らえた形と同じになる。さらに、これらに近縁な属であるサカグチトリノフンダマシ属』(Paraplectana)『やツキジグモ属』(Pasilobus)『の網がトリノフンダマシ属のそれの』、『片側が退化したような三角網であることが判明した。ここから、トリノフンダマシの作る円網を始まりとして、ガを捕まえる特性が発達した代わりに』、『網そのものを退化縮小させていったと考えると、その頂点にナゲナワグモがいると見ることが出来る。その視点からナゲナワグモの捕虫時の行動を調べると、トリノフンダマシが円網を張る行動との類似性が確認できるという』。『なお、トリノフンダマシ属の獲物はガが多いことから、ナゲナワグモ類と同様にフェロモン類似物質を出している可能性が示唆されているが、はっきりしていない』とある。なお、本邦産の近縁種(但し、採取個体例は非常に少ない)にコガネグモ科サカグチトリノフンダマシ属サカグチトリノフンダマシ Paraplectana sakaguchii とツシマトリノフンダマシ Paraplectana tsushimensis がいる。

「蜘蛛の中には、蟻と寸分も違はぬ形のものがある」クモ亜目ハエトリグモ科アリグモ属 Myrmarachne が代表格。これは私もよく見かける。但し、こちらも現行では、丘先生の謂うような「常に木の葉の上に居て、蟻を捕へて食ふが、蟻は蜘蛛と知らずに近くまで寄つて來るから、之を捕へることは甚だ易い」という蟻を捕食するための擬態というのは甚だ疑問視されているウィキの「アリグモ」より引く(下線やぶちゃん)。『分布する地域は、北海道南部・本州・四国・九州・沖縄。照葉樹林帯に多い』。『アリに非常によく似た姿と大きさをしている。全身ほぼ黒で、若干の模様が腹部にある場合がある』。『頭胸部はハエトリグモ類』(ハエトリグモ科 Salticidae)『としては細長く、頭部は丸く盛り上がり、胸部との間にわずかにくびれがある。腹部は円筒形で、後方に狭まるが、前方は丸く、少し後方が多少くびれる。歩脚はハエトリグモとしては細く、長さもそこそこ。第一脚はいつも持ち上げて構える』。『頭部と胸部が分かれて見えること、腹部にも節があるように見えることから、その姿は非常にアリに似ていて、生きて歩いている場合にはよく見なければ区別できない。また、場合によっては腹部に矢筈状の斑紋があるが、これも腹部の節を強調するように見え、違和感がない』。『アリに似ていることから、擬態しているものと考えられる。擬態の目的として、「アリを捕食するため」の攻撃的擬態という説と「アリに似せることで外敵から身を守るため」という隠蔽的擬態(ベイツ型擬態)であるとの説があった』。『当初は「アリを捕食するため」という説が主流であった。つまり、アリの姿をしていると、アリが仲間と間違えて寄ってくるので、これを捕食するのだというのである。これはかなり広く普及していた考えのようで、日本のごく初期のクモ類の文献の一つである湯原清次の「蜘蛛の研究」』(昭和六(一九三一)年刊・欄山会第一叢書)『にも、このことが記されており、さらに、「あるものは巣穴に入り込んで幼虫や蛹を担ぎ出す」というとも聞いている旨が記されている』。『しかし、その後次第にこの見解は揺らぐこととな』り、一九七〇年『代頃の関連書籍では、上記のような観察について、その確実な実例がほとんどないこと、また、実際に観察すると、アリの群れのそばでアリグモを見ることは多いものの、アリグモがアリを捕食することは観察されず、むしろ避けるような行動が見られることなどが述べられて』おり、一九九〇年代に入ると、『攻撃的なアリ(アリはハチの仲間であり、基本的には肉食の強い昆虫であり、外敵に対し噛み付いたり、蟻酸を掛けたりする攻撃をする)に似せて外敵を避けるための擬態であるといわれるようになった。なお、アリグモがアリを捕食した観察結果は皆無であるとの記述も見られるが、これはまた』、『あらためて確認の必要があるであろう』とある。『アリを捕食するクモとして、同じハエトリグモ科のアオオビハエトリ』(オビハエトリグモ属アオオビハエトリ Siler vittatus)『がいる。こちらも第』一『肢を持ち上げ、触角のように見える』ともある。因みに、小型の家内性のハエトリグモ(蠅捕蜘蛛)類は、「虫嫌い」の私が、唯一、偏愛する生き物で、よく一緒に遊ぶほどに、私の書斎にはかなり多く同居している。]

 

 動物が攻擊或は防禦のために、その住する處と同一な色を有することを保護色と名づけるが、既に前にも述べた如く、この事は、攻擊にも、防禦にも、その動物自身に取つては頗る都合の好いもので、特に形狀まで他物に似て居る場合には、尚一層有功である。さて保護色といふものはどうして出來たものかと考へるに、天地開闢の時に神が、かやうに造つたのであるといふてしまへば、それまでであるが、之では證據もなければ、また理窟も少しも解らぬから、我々は滿足は出來ぬ。然るに生物各種は、皆進化によつて漸々今日の有樣に達したもので、進化の原因はおもに自然淘汰であると考へれば、保護色は必然の結果と認めなければならぬ。試に、その大體を述べて見れば、例へば昆蟲類は常に鳥類に攻められるもの故、代々鳥類に見逃されたもののみが生存して、後へ子孫を遺すわけとなる。而して如何なるものが最も鳥類に見逃される望を有するかといへば、無論その住處の色に成るべく似た色を有するものであるから、代々斯かる個體のみが生存し、生殖し、その性質が遺傳によつて子孫に傳はり、代の重なるに隨ひ、その性質も積つて、漸々進步し、終には殆ど見分けが附かぬ位までにその住處に似るやうになる筈である。斯くの如く今日實際の有樣は、總べて自然淘汰の豫期する所と全く一致して居るが、之は確にこの説の正しい證據と見倣さねばならぬ。

 

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