明恵上人夢記 60
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此は後日之夢と覺ゆ
又、夢に、上師、靈鷲山(りやうじゆせん)に在り。予、共に之(これ)に侍り。卽ち、見奉るべき由、心に之を庶幾(しよき)する間(あひだ)也。
[やぶちゃん注:この条は前の「59」夢の箇条「一」の中に含まれて(底本では「一」は最上部で以下、一字下げ表示)いるのであるが、示した通り、「59」の条との間に小文字で「此は後日之夢と覺ゆ」とあり、これは、「これは後日に見た上師関連の夢であったと記憶している」の謂いであり、この「59」に始まる部分(実はもう一夢ある)は上師上覚房行慈が登場する夢であったが故に、上師が登場するこの近場で見た夢三つ纏めて記載したのだということが判る(その間に別な夢を見ていると考えるのが自然であり、とすれば、以下で私が「62」から「65」とする四つの夢(「65」の後は記録が一回切れており、別な時期の夢記載と思われる)が、この「59」「60」及び次の「61」夢に挟まっている場合の分析・解釈の余地を残す必要がある)。明恵は無論、それらが強い連関性を持った夢と思ったが故にかく纏めたのであり、その関連附けを意識する必要は当然ある(夢自体が関連があるかどうかよりも、明恵が関連附けをしたがった事実の持つ意味に於いて遙かに、である)が、必ずしも、我々はそう理解する必要はない。特に「59」が判読不能箇所があり、今一つ、夢の内容が判然としない以上、まずは独立した夢として分析するのがよいであろう。
「後日」「59」夢を私は建保七(一二一九)年二月二十九日としたから、その翌日以降に見た夢となる。
「靈鷲山」(りょうじゅせん)はインドのビハール地方のほぼ中央、古代「マガダ国」の都であった「王舎城」ラージギルの東北にある山で、釈迦が「無量寿経」や「法華経」などを説いた地として知られる。この中央付近(グーグル・マップ・データ)。但し、ここは報身(仏陀となるための因としての行を積んだその報いとしての完全な功徳を備えた仏身)となった釈迦(如来)が法華経を説いた現世に出現した霊的な時空間であって、遠い未来に現実世界が毀損しても、釈迦如来は未来永劫、ここに常住して法を説き続ける、とされるから、ここでは「浄土」世界と同義と採ってよい。
「庶幾」心から強く願い望むこと。]
□やぶちゃん現代語訳
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(明恵自注:これは先の夢を見た、その後日に見た別な夢と記憶する。)
また、こんな夢も見た。
上覚上師は、今まさに、霊鷲山山頂におられる。
しかも私も、なんと、ともにそこに、上覚上師に従っているのである。
則ち、今より何が起こるか、しっかりと見届け申し上げことが出来るのだという思いが湧き上がってきて、私は心に、それを切に望み願っているのである。

