栗本丹洲自筆「蛸水月烏賊類図巻」 ハルクラゲ
春海月
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらの画像を用いた。掲げた図も同じで、上下左右をトリミングしてある。図中の各所にある黒い曲線は虫食いの穴で絵とは無関係である。本図のキャプションは上記の一行のみ。本図の種は、今回は間違いなく、
刺胞動物門鉢虫綱旗口クラゲ目オキクラゲ科ヤナギクラゲ属アカクラゲ Chrysaora
pacifica
である。同図は傘に二十四の条線紋を持つが、これを放射状紋(筋)として一対として数えれば、十二となり、アカクラゲの放射状紋は常に傘中央から出るとは限らず、傘の中間部から生じるものもあるので、おかしくはない(アカクラゲのそれは十六本)。というより、以前に書いた通り、海産動物に限って見ると、丹洲の絵は、実は必ずしも形態及び生態に忠実ではなく、細部や色彩に於いて正確ではない場合が、結構ある。これも美的なシンメトリーを意識して改変している可能性があるから、条数の違いは問題にならない。寧ろ、触手が四十一本(触手中間部で数えた数)から四十三本(辺縁部で数えた数)ほど描かれていること(アカクラゲの触手数は四十~五十六本)、口腕が四本描かれていること(数は正しいが、アカクラゲの生体のそれは、こんな鞭状のものではなく房状・リボン状を呈する)等から総合して、かく同定した。また、アカクラゲは関東以南では春四~五月に出現するから、「春海月」はしっくり来るネーミングである。なお、最後に調べて見たところ、磯野直秀氏の論文「日本博物学史覚え書XV」(『慶應義塾大学日吉紀要』(二〇一〇年十月発行)。PDFでダウン・ロード可能)の「衆鱗図」所収の図についての叙述部分に「春海月」があることから、本図も「衆鱗図」からの転写図と思われ、そこで磯野氏はこれをやはり、アカクラゲに同定しておられる。]
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