栗本丹洲自筆「蛸水月烏賊類図巻」 ハンドクラゲ
ハンド海月
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらの画像を用いた。掲げた図も同じで、上下左右をトリミングしてある。キャプションは上の一行のみ。
本図は非常な困り物で、傘の内に現認出来る三つの円紋があり(見えない対称位置に今一つあうと考えてよい)、華々しい色のついたビラビラの口腕が数も数えられぬほどにあり、しかも垂れ下がる触手らしきもの十九本も描かれているのであるが、こんなクラゲは、私は、知らない。口腕がやや赤い色を呈していて、ごっそりとしているところは、一見、鉢虫綱根口クラゲ目ビゼンクラゲ科ビゼンクラゲ属ビゼンクラゲ Rhopilema esculenta のように見えるのであるが、どうも目玉模様がそれらしくない。何より、先行して出た無名のクラゲ図の注を見て貰うと判るが、『「栗氏千蟲譜」巻九』(リンク先は私のサイト内の古い電子化注テクスト。図有り)で丹洲は本図の種とほぼ同種ではないかとも思われる個体を描いており、そこには、
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九州ノ海ニアリ四ツ目クラゲ又ハンドクラケ類ニシテ食料ニナラズ
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(「ハンドクラケ」はママ)とある。困るのは、この「ハンド」という名でもあり、いろいろ調べて見たが、遂に意味も由来も判らない(陰陽道の禁忌に纏わる「犯土(ぼんど)」の転訛なども考えたが、ピンとこない)。しかし、傘の形状と、「千蟲譜」のキャプションの異名「四ツ目クラゲ」の特徴的な四つ円紋(四つある丸い胃腔を取り囲んだ馬蹄形の生殖腺)、及び、食用にならないという点、「ハンド海月」という名から、やはり、
旗口クラゲ目ミズクラゲ科ミズクラゲ属(タイプ種)ミズクラゲ Aurelia aurita
と同定するしかないと私は思う(ミズクラゲの口腕は四本)。ビゼンクラゲ支持派の方には反論するが、そもそもが、ビゼンクラゲやその仲間が「ハンドクラゲ」であるのなら、古来、食材としてきた以上、「食料ニナラズ」とは逆立ちしても書くはずがないのである。正直これは、丹洲がミズクラゲを、実態を無視して、おどおおどろしく、猟奇的な「海月」絵として、空想的に描いたものとしか私には思えないのである。言おうなら、「じゃっどん、こんなクラゲは居りもハンド!」クラゲ、なのである。……と書いてきて、前にも示した磯野直秀氏の論文「日本博物学史覚え書XV」(『慶應義塾大学日吉紀要』(二〇一〇年十月発行)。PDFでダウン・ロード可能)を見たら、例の「衆鱗図」所収の図についての叙述部分に「ハンド海月」があることから、本図も「衆鱗図」からの転写図と思われ、そこでは何と、磯野氏はこれを、あらま!
鉢虫綱根口クラゲ目ビゼンクラゲ科ビゼンクラゲ属ビゼンクラゲ Rhopilema esculenta
にあっさり同定しておられるのであった。……そっか……ちょっとシュールレアリストとしての丹洲を夢想し過ぎたか……折角の大団円のはずなのに……何だか、淋しかった…………]
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