栗本丹洲自筆「蛸水月烏賊類図巻」 別種クラゲ
別種クラゲ
[やぶちゃん注:底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらの画像を用いた。掲げた図も同じで、上下左右をトリミングしてある。本図の丹洲によるキャプションは上記一行のみであるが、下に鉛筆書き(であることから、丹洲の記載ではなく、後代の所有者が記したものと私は判断する)の筆記体で、
Spirocodon
saltator Haeckel
とある。本図は触手が異常に短いが、一見して私は、
刺胞動物門ヒドロ虫綱花クラゲ目キタカミクラゲ科カミクラゲ属カミクラゲ(髮水母)Spirocodon saltator
と判じた。されば、この誰が記したか知らぬ落書き(確信犯であっても原画に記すのは禁じ手である)を心強く思ったものである。カミクラゲ属は
Spirocodon Haeckel, 1880
ではあるが(学名の属名の命名者は、かのドイツの生物学者で「個体発生は系統発生を繰り返す」で知られるエルンスト・ハインリッヒ・フィリップ・アウグスト・ヘッケル(Ernst Heinrich Philipp August Haeckel 一八三四年~一九一九年)である)、種としてのカミクラゲは
Spirocodon saltator (Tilesius, 1818)
である。この属名に先だって本種に名(恐らくは種小名の方)を附けた、この先行命名者は、恐らく、ドイツの医師で博物学者(特に海洋生物学に詳しかった)ヴィルヘルム・ゴットリーブ・ティルシウス・フォン・ティルノー(Wilhelm Gottlieb Tilesius von
Tilenau 一七六九年~一八五七年)であると思われる。栗本丹洲は天保五年三月二十五日(一八三四年五月三日)没であり、この時、少なくとも同種の属名は Spirocodon でなかったものと思われるから、これは丹洲のメモではあり得ないのである。
ウィキの「カミクラゲ」によれば、『青森~九州の太平洋岸の湾内に生息する日本固有種のクラゲの一種』で(但し、ネットを調べると、サイト「クラゲ屋」の「春の到来を告げる神様!? カミクラゲの特徴と魅力について」には、二〇一五年平凡社刊「日本クラゲ大図鑑」(峯水亮/久保田信/平野弥生/ドゥーグル・リンズィー共著)からとして、『元々は日本特産種であると考えられてい』『が、近年では韓国でも存在が確認されている』らしいとする記載がある)、十二月から五月に『かけて見られる』。『傘は円筒状で高さ』十センチメートル、幅六センチメートル。放射管は四本で、『多くの枝状の盲管を出す。生殖腺は螺旋状に垂れ、触手は傘縁一帯から多数生ずる。毒性は弱く、刺傷報告は殆どない』(としても個人差があるので注意が必要)。『多数の長い触手の棚引く様子が髪の毛を思わせることからこの名がついた。この触手の根元には赤い眼点があり、そこで光を感じ取ることができる。飼育下で受精卵を得て飼育しても、幼生を着底させて変態させるに至った成功例は知られておらず、野外からもポリプの世代は未発見である。その原因として、ヒドロ虫類の多くの種に見られるように、ポリプ世代が他の生物と共生生活を営んでいる可能性も指摘されている』とある。並河洋著「クラゲガイドブック」(TBSブリタニカ二〇〇〇年刊)には、触手は八群に分かれて傘の辺縁から伸びるとあり、図の傘辺縁が八つのパートに分かれているのに一致する。また、その辺縁部が赤く塗られいるのは、すこぶる正しい描写で、実はカミクラゲの触手の付け根には、多数の赤い粒状の眼点が並ぶのである。カミクラゲは、この眼点によって光の変化を感じて、それに『反応してポンポン跳るように泳ぐ様子から、跳躍を意味するラテン語名(saltat)の種小名がつけられた』とある。]
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