森立之立案・服部雪斎画「華鳥譜」より「とき」
とき
□翻刻1(読み仮名を省略、一行字数を一致させた。【 】は割注)
とき
朱鷺【禽經】 紅鶴【汪頴食物本草】
味甘微温毒なし婦人血證を治し肉性良からず
能小瘡を發す
□翻刻2(読みを丸括弧で添え(〈 〉は私が推定で歴史的仮名遣で添えた部分)、句読点や記号を附して読み易く整序したもの)
「とき」
「朱鷺(しゆろ)」【「禽經〈きんけい〉」。】 「紅鶴(こうかく)」【汪頴〈わうえい〉「食物本草」。】
味(あぢ)、甘(あま)く、微(すこ)し温(あたゝ)か。毒なし。婦人血證(ふじんけつしやう)を治(ぢ)し、肉(にく)、性(せい)、良(よ)からず、能(よ)く小瘡(せうさう)を發(はつ)す。
[やぶちゃん注:底本及び画像(上下左右をトリミング)は国立国会図書館デジタルコレクションの「華鳥譜」を用いた。
立案者である森立之(たつゆき/りっし 文化四(一八〇七)年~明治一八(一八八五)年)は元、備後(広島)福山藩医で、伊沢蘭軒に師事し、渋江抽斎とも交流があった。芝居好きが災いして一時、免職となったが、後に帰藩を赦され、幕府医学館講師として「医心方」の校訂に当たったりした。維新後は文部省等に勤務。通称は養竹。号は枳園(きえん)。
私がことさらに偏愛するこの絵を描いたのは、服部雪斎(文化四(一八〇七年)~没年不詳(明治中期。推定は後述))は、ウィキの「服部雪斎」によれば、『生い立ちはよく分かっていないが、谷文晁門下で田安家の家臣遠坂文雍』(とおさかぶんよう 天明三(一七八三)年~嘉永五(一八五二)年:南画家)『の弟子であることから、雪斎も田安家と関係の深い武家出身である可能性が高い。没年は不明であるが、作品に記された年代から』明治二〇(一八八七)年までは存命していたことが『確認されている』。彼の代表作は武蔵石壽編の「目八譜」(私は(遅々として進まぬが)カテゴリで電子化中)であるが、他に本図譜と同じ森(枳園)立之編の「半魚譜」や、栗本丹州編「千蟲譜」の模写、及び、維新後の田中芳男・小野職愨編「有用植物圖説」等がある、稀有の達筆の博物画家である。「華鳥譜」は食用鳥類の図説で、底本とした国立国会図書館デジタルコレクション「華鳥譜」の磯野直秀氏の解題によれば、その『図は正確。立之自筆の解説には、薬効・能毒・味を記す。「華」の字を分解すれば』、六『個の「十」と一個の「一」となるので』、六十一『種の鳥を描いたと立之は序でいう。実際には』六十五『図あるが、チドリ・ニワトリ・ナンキンチャボ・カラスの』四『種がそれぞれ』二『図ずつだから、計算すれば
』六十五から四を引き、確かに六十一『種となる。トキもコウノトリも描かれており、当時は食用にもされていたらしいが、トキは「肉性良からず、能(よく)小瘡を発す」、コウノトリは「味、佳からず」とある。雪斎は維新後も活躍し、明治初期の作らしい』雪斎の写生になる「草木鳥獣図」や最晩年の「服部雪斎自筆写生帖」が国立国会図書館に『残る。後者に所収されている「三河島菜花」は』明治二一(一八八八)年三月三十日の写生であるが、『これ以後の雪斎の写生図は知られていない』とある(下線やぶちゃん)。
本図は、
鳥綱 Avesペリカン目Pelecaniformesトキ科 Threskiornithidaeトキ亜科Threskiornithinaeトキ属トキ Nipponia nippon
である。詳細はウィキの「トキ」、及び、先ほど私が公開した「和漢三才圖會第四十一 水禽類 朱鷺(トキ)」の本文及び私の注を見られたい。そこでも述べたが、再度、言う。私は昨年の三月、佐渡で、待望の自然の空を飛んでいるつがいのトキを見た。この「ニッポニア・ニッポン」という名の美しい鳥を殺した日本は――万死に値する――。
「禽經〈きんけい〉」春秋時代の師曠(しこ)の撰になるとされる鳥獣事典であるが、偽書と推定されている。全七巻。
『汪頴〈わうえい〉「食物本草」』各種食品の薬効と料理方法などが記載された中国の本草書であるが、成立に不審な点があり、一つは、古く、元の李杲(りこう:号は東垣(とうえん))著とされるものの、名借りた別人である、この汪頴なる人物が明の一六二〇年に刊行したものともされる。全七巻。
「温(あたゝ)か」漢方で適度に体温を高める効果を有することを指す。
「婦人血證(ふじんけつしやう)」ここは広義の漢方で言う「血の道症」(月経・妊娠・出産・産後及び更年期などの女性ホルモンの変動に伴って現れる精神不安や苛立ちなどの精神神経症状及び身体症状)というよりも、もっと狭義の女性生殖器関連の出血性の不具合やおりもの等の不快感(特に産後のそれ)を指していると読むべきであろう。「和漢三才圖會第四十一 水禽類 朱鷺(トキ)」の私の注を参照されたい。
「能(よ)く小瘡(せうさう)を發(はつ)す」食すと、決まって小さな発疹が肌に生ずる。アレルギー性の蕁麻疹のようである。]