悲しみは終りがなく、幸せはそうじゃない。
Tristeza não tem fim, Felicidade sim.
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ヴィニシウス・ヂ・モライス(Marcus Vinícius da Cruz e Mello Moraes 1913年~1980年)作詞の映画「黒いオルフェ」(ポルトガル語:Orfeu Negro/マルセル・カミュ監督作品/フランス・ブラジル・イタリア合作/1959年公開)の曲として知られるこの「フェリシダージ」(“A Felicidade”)であるが、この冒頭、私はポルトガル語がよく判らぬのであるが、“sim”は肯定を表わす「はい」の意で、「短い」の意ではないようである。そこで私は考えたのであるが、これは「徒然草」の「かげろふの夕を待ち」と同じような対偶中止法であって、前句の否定詞“não”が後の文に及んで、――「幸せは、『そう』ではない」=「幸せは悲しみのように『終わりがない』ものでは『ない』」=「幸せは短い」――という意味になっているのではないか? と考えてみた。識者の御教授を乞うものである。
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