小泉八雲 神國日本 戶川明三譯 附やぶちゃん注(40) 佛敎の渡來(Ⅲ)
佛敎の敎が特に魅力ある所以のものは、その簡單にして巧みな自然に就いての解釋である。神道が嘗て說明せんとしや事もなく、又說明し得なかつた無數の事柄を、佛敎は微細に而も一見矛盾のないやうに解說したのである。 その出生、生命、竝びに死の神祕に關する幾多の說明は、直に純なる心の慰安となり、よく惡念に對する非難となるのであつた。それは、死者が幸福であるか不幸であるかは、生者が死者に對して注意するか、しないかに直接由るのではなく、死者が現世に在る時の過去の行ひに由るのであると敎へた【註】。それは相次いでの再生に關する高い敎義を敎へんとはしなかつた――人々は到底それを理解する事は出來なかつた――只だそれは何人でも理解し得た輪𢌞の簡單な表象的な協議を敎ヘんとしたのみである。死ぬと云ふ事は、自然に融け戾つて終ふ[やぶちゃん注:「しまふ」。]事ではなく、再び他に生を享ける事であつた。この新しい肉體の性質は、その新しい存在の諸條件と共に、現在のこの身體に於けるその人の行ひや考への性質によるのである。あらゆる存在の狀態や事情は悉く過去の行爲の結果なのである。或る男は今や富貴であり威勢をもつて居る。何故ならば前世に於てその男は寬容であり慈愛に富んでゐたからである。又或る男は病を獲[やぶちゃん注:「え」。]、貧困である。何故ならば前世で、その男は肉慾に耽り、利己的であつたからである。或る女はその夫や子供等と共に幸福に暮らして居る。何故ならばその女は以前の生涯の時、愛らしい娘であり、貞淑な配偶者であつたからである。又一人の女は難儀をし子供がない。何故ならばその女は前世で嫉妬深い妻であり殘酷な母であつたからである。『汝の敵を憎むことは、愚な事であると共に誤れる事である。汝の敵に、汝が汝の友たらんと欲した前世に於いて、汝が彼に加へた奸計のためにのみ、今や汝の敵たるのである。汝の敵が今汝に加ふる危害に身を任せよ。それを汝の過去の過誤の償ひとして受けよ……。汝が娶らんと欲した乙女を彼女の兩親が拒んだとせよ、――他人に與へられたとせよ 併し、他生に於て、何時かは、彼女は約束に依つて汝のものたるべし、而して前に與へた契約を破り得るのである……。汝の子供を失ふ事は苦しい事に相違ない。併しその喪失は前世に於て、汝が同情を與ふべき場合に、それを拒んだ報いなのである……。災變に遇つて身を害ひ[やぶちゃん注:「そこなひ」。]、汝は最早以前の如く汝の生活の道を得られない。而もこの不幸たるや、正しく前世に於て、何時か汝が思ふままに肉體上の危害を、人に加へたと云ふ事實によるのである。今や汝自身の行ひの惡が汝に返つて來たのである。汝の罪を悔いよ、而してその業の現在の苦行に依つて償はれん事を祈れ』と佛敎の僧は敎へる……。かくの如くして人間のあらゆる悲哀は說明され慰められた。生命は、無限の旅、――その路の後方は過去の闇夜に、その前方は未來の神祕の中に延びてゐる――その無限の旅の一階段を示すものとしてのみ說明せられた、――忘れられたる永劫から、今後に存在すべき永劫に迄延びてゐる路の一階段である。そして世界それ自身が一旅客の休み場、路傍の一旅宿として考へられるのみであつた。
註 疑ひもなく讀者はどうして佛敎がつぎつぎの再生の教を祖先禮拜の思想と妥協させ得たかを怪むであらう。人の死ぬのはその再生のためだとすれば、その再生する靈に供物を捧げ、祈禱をする必要が何處にあらう。この疑問に對するに、死者は大抵直に再生するのではなく、先づと宙宇[やぶちゃん注:ママ。後注を必ず参照されたい。]と稱する特殊の狀態に入るので、死者は百年間この無形の狀態にとどまり、その後に再生するのであると彼等は敎へた。死者に對する佛敎の奉仕はそれ故百年に限られて居た。
[やぶちゃん注:この原注(底本では三字下げでポイント落ち)は、輪廻転生するための期間を「百年」としたりしていて、本邦独自に広汎に定着している四十九日という今の我々の感覚からすると、非常な違和感を覚えるのであるが、仏教の伝播過程や宗派によって、この期間は本来は異なっており、考えてみれば、現実世界の時間と冥界での時間の経過は全く異なっているのであるからして、そこは問題としないでよいとも思う(しかし、百年はやはり永過ぎる。私がそういう理由は、著名人でない限り、血統宜しき、或いは、家系興隆の者でもなければ、百年も後裔が仏事を営んで供養し続けることなど、不可能だからである。永代供養と宣伝しているのに騙されてはいけない。連絡がとれなくなれば、十数年でも瞬く間に合葬されてしまい、個人としての供養は行われなくなる。墳墓も連絡不達告知広告が成され、あっという間に平地となって、新墓地として売りに出される。核家族化・少子化が進行した現今、墓地管理は被葬者にとっては切実な風前の灯状態なのである。因みに、私は無宗教で献体もしており、自己の墳墓を持たないから、何ら、それを不安に思わぬ)。しかし、実は戸川の訳(漢字表記)に問題があって、本文中の『宙宇』は「中有」のこととしか読めないのだが、こんな表記は少なくとも私は知らない。「宙宇」という言葉がないではない。例えば、私が知っているのは宮澤賢治が晩年(彼は昭和八(一九三三)年没)の昭和二(一九二七)年に出身校である『盛岡中學校校友會雜誌』から寄稿を求められて書き始めたものの、遂に完成に至らず、その稿が残された「一九二七年に於ける盛岡中學校生徒諸君に寄せる」の中に出る。筑摩書房旧校本全集第六巻で『断章六』とする部分の中間の一行で、『宙宇は絶えずわれらに依つて変化する』という表現がある。しかし、これは賢治特有の詩語(或いは彼独自の宇宙間言語)としての変容を受けた「宇宙」の意味として、躓かずに読めるし、ここの使用ケースとは全く異なる(なお、脱線になるが、これは賢治の没後かなり経ってから発見され、戦後の昭和二一(一九四六)年四月号『朝日評論』で初めて公開されたものであるが(公開時の原画像が、私が毎週巡回を欠かさない渡辺宏氏のサイト「宮沢賢治の童話と詩 森羅情報サービス」のこちらで見られる)、この初出公開版は『朝日評論』の編者が、草稿に恣意的な削除・追加を加えて、明確な校訂法も立てずに整序してしまったものであって、最早、宮澤賢治の作とは言い難いものである。草稿原稿は賢治特有の異常に拘った推敲痕があり、再現自体が難しいものであるが、かなり忠実に整序・再現されたものが、上記サイト内「宮沢賢治作品館」の「資料編」の「その他」にあり、これの『校本全集によれば、この詩の本当の姿は、次のようです』とある以下のものである(それよりも、より原稿に沿って再現したものは、サイト「宮澤賢治の詩の世界」のこちらとこちらで見られる)。さて、本線に戻る。しかし、この戸川のこの訳は、本邦で「中陰(ちゅういん)」「中有(ちゅうう)」「中蘊(ちゅううん)」と訳すそれ以外には読めないのである。されば、この「宙宇」(ちうう:歴史的仮名遣)は戸川の「中有」(ちゆうう:歴史的仮名遣。これらの言葉は所詮、サンスクリット語の当該語の漢訳に過ぎぬから、荒っぽく言ってしまえば、漢字表記など何でもいいことになるのだが、しかし歴史的仮名遣の表記が、この二つでは、変わってしまうのは非常にマズいと私は思う)」の漢字表記の記憶違いか、誤植であると考えざるを得ないと私は思う。因みに、原注原文は“Chū-U”である。因みに、「中有」は、仏教用語で、衆生(しゅじょう)が死んでから次の縁を得るまでの間の「四有」(しう)の一つ。無限に生死を繰り返す生存の状態を四つに分けて、衆生の生を受ける瞬間を「生有」(しょうう)、死の刹那を「死有」(しう)、「生有」と「死有」の中間を「本有」(ほんう)とし、死後、次の「生有」までを「中有」とする。まんず、あなたは知ってるはずだよ、芥川龍之介の「藪の中」の最後の台詞で!]
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