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2018/05/25

米子   中原中也

 

    米  子

 

二十八のその處女(むすめ)は、

肺病やみで、腓(ひ)は細かつた。

ポフラのやうに、人も通らぬ

步道に沿つて、立つてゐた。

 

處女(むすめ)の名前は、米子と云つた。

夏には、顏が、汚れてみえたが、

冬だの秋には、きれいであつた。

――かぼそい聲をしてをつた。

 

二十八のその處女(むすめ)は、

お嫁に行けば、その病氣は、

癒るかに思はれた。と、さう思ひながら

私はたびたび處女(むすめ)をみた……

 

しかし一度も、さうと口には出さなかつた。

別に、云ひ出しにくいからといふのでもない

云つて却つて、落膽させてはと思つたからでもない、

なぜかしら、云はずじまひであつたのだ。

 

二十八のその處女(むすめ)は、

步道に沿つて、立つてゐた、

雨あがりの午後、ポプラのやうに。

――かぼそい聲をもう一度、聞いてみたいと思ふのだ……

 

[やぶちゃん注:角川文庫「中原中也詩集」年譜によれば、昭和一一(一九三六)年十二月に三笠書房発行の雑誌『ペン』に発表したもの。これも創作から投稿・編集・発行に至る二ヶ月ほどのタイム・ラグから考えて、長男文也の急逝以前に創作されたものであろう。

「米子」「よねこ」。

「腓(ひ)」訓で「こむら」。脹脛(ふくらはぎ)、足の脛(すね)の後ろ側の膨らんだ部分のこと。]

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