栗本丹洲自筆巻子本「魚譜」 キンコダイ (チカメキントキ?)
キンコダイ
奇鬣 キンコダイ
又云クニシマ魚
其魚極小而又
彩美麗可愛
覩者蓋奇品
[やぶちゃん注:国立国会図書館デジタルコレクションのこちら(「魚譜」第一軸)の画像の上下左右をトリミングして用いた。別々に挙げるつもりであったが、よく見ると、これは色違いで酷似した魚体であること、しかも「キンコダイ」という同名のキャプションがつくことから、並べて出した。原本でもリンク先を見て戴ければ判る通り、上下に並べてある(但し、貼り込みで二枚は別に描かれたものである)。
下の図のキャプションはちと悩ましい。二行目の「又云クニシマ魚」が『又、云(いふ)、「クニシマ魚」なのか『又、云(いは)く、「ニシマ魚」』なのかが判らぬことである。今までの翻刻体験から、丹洲ならば、そうした誤読を避けるために「ク」は小さく右に書くように思うので、私は「クニシマウヲ」と採りたい気はしている。孰れにせよ、「クニシマウオ(或いはクニシマダイ)」も「ニシマウオ(或いはニシマダイ)」も現在の生き残っていないので同定の役には立たない。
さて、当初は共通の「キンコダイ」から、「キダイ」(スズキ目スズキ亜目タイ科キダイ属キダイ Dentex hypselosomus)の幼魚を考えたのだが、どうも真正のタイっぽくなく(本魚譜はやたらに「~タイ」とキャプションするが、実は真正のタイ科 Sparidae の魚は極めて少ない)、およそキダイとも思えない。そこで考えたのは鰭である。二枚目の図にはわざわざ「奇鬣」(「鬣」は本来は「たてがみ」であるが、丹洲は「鰭(ひれ)」の意で用いており、私は過去「きひれ」と自分の中で訓じている。因みに「鬣」は音は「リョウ」である)と書いている点である。見た目、それほど今までの図の鰭と変わった感じを覚えないのであるが、わざわざ丹洲がこう書く以上は、よほど、他の魚とは異なった奇体な鰭であったと考えねばならない。敢えて「鬣」の意を限定的に採るならば、これは背鰭が「奇」体なものであったということになろうか(私は実際には他の鰭も含めて「奇」と言っているのではないかと実は思っているのだが)。そうとるなら、この二匹の背鰭は、基部やや上に赤い連続する円紋が後ろまで棘条間に続いているのが「奇」と言えば奇である。翻って、ネットで検索をかけてみると、「キンコダイ」という呼称で引っ掛かるものがある。「福井県水産試験場」公式サイト内の「福井県魚類図説」のここに、『キンコダイ(田鳥)』とある(但し、この「田鳥」は「田烏」(たがらす)の誤りではないかとちょっと思っている。田烏ならここ(グーグル・マップ・データ)だが、「田鳥」は見当たらないからである)。しかしてこれは、
スズキ亜目キントキダイ科チカメキントキ属チカメキントキ Cookeolus japonicus
である(一属一種)。リンク先の写真を見た人は、「ゼッタイ、違う!」と叫ぶだろう。真っ赤だからな。しかし、どうもこの丹洲の描いた魚をいろいろ考えてみて、ネットの魚画像の森を彷徨してみると、ついつい、この画像に戻ってしまう自分がいるのである。それは本種の画像のどの鰭もが、このチカメキントキ君は、如何にも「奇鬣」だからである。本種は背鰭は言うに及ばず、実は決定的なのは腹鰭が大きくてその鰭膜が黒いことであるが、丹洲の絵では大きくは描かれていない。しかし、二枚目のそれには腹鰭の部分に有意に黒い線が引かれているのがはっきりと判るのである。
チカメキントキの今一つの特徴は体高が高く、頭長さより大きいことであるが、控えめながらそれはクリアーしているように思われる。最大の問題は体色なのであるが、今までも丹洲が色を正確に描いていないことは何度も見てきたから、実は私はあまりその相違を重く捉えていないのである。
さらに言えば、珍しく丹洲がキャプションで感覚的なことを記している点が気になるのである。則ち、「其の魚、極く小さくして、又、彩(いろどり)、美麗」とし、「覩(み)」るに愛すべき者」(推定訓)であって、「蓋し奇品なり」と言っている点である。「可愛」はまず丹洲の感想としては特異点と言ってよい。そうして実際のチカメキントキの写真を見ると(個人の趣味の問題ではあるが)、これは「奇鬣」であり「其魚極小而又彩美麗可愛覩者」「蓋奇品」と評するに相応しいと思うのである。この推定同定は恐らく賛同者は少ないと思う。「これはこれだよ」と別な種を示して戴ける方の御教授を俟つものである。]