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2018/05/21

靑い瞳   中原中也

 

   靑  い  瞳

 


         
 1 夏 の 朝

 

かなしい心に夜が明けた、

  うれしい心に夜が明けた、

いいや、これはどうしたといふのだ?

  さてもかなしい夜の明けだ!

 

靑い瞳は動かなかつた、

  世界はまだみな眠つてゐた、

さうして『その時』は過ぎつつあつた、

  あゝ、遐い遐いい話。

 

靑い瞳は動かなかつた、

  ――いまは動いてゐるかもしれない……

靑い瞳は動かなかつた、

  いたいたしくて美しかつた!

 

私はいまは此處にゐる、黃色い燈影に。

  あれからどうなつたのかしらない……

あゝ、『あの時』はあゝして過ぎつゝあつた!

  碧い、噴き出す蒸氣のやうに。

  2 冬 の 朝

 

それからそれがどうなつたのか……

それは僕には分らなかつた

とにかく朝霧罩めた飛行場から

機影はもう永遠に消え去つてゐた。

あとには殘酷な砂礫だの、雜草だの

頰を裂る(き)やうな寒さが殘つた。

――こんな殘酷な空寞たる朝にも猶

人は人に笑顏を以て對さねばならないとは

なんとも情ないことに思はれるのだつたが

それなのに其處でもまた

笑ひを澤山湛えた者ほど

優越を感じてゐるのであつた。

陽は霧に光り、草葉の霜は解け、

遠くの民家に鷄(とり)は鳴いたが、

霧も光も霜も鷄(とり)も

みんな人々の心には沁(し)まず、

人々は家に歸つて食卓についた。

    
(飛行機に殘つたのは僕、

     
バットの空箱(から)を蹴つてみる)

 

[やぶちゃん注:「湛えた」はママ。

「遐い遐いい話」
「とほいとほいいはなし」。「日本国語大辞典」の「遠い」によれば、方言として広島・周防大島の『トイイ』、鳥取・島根の『トイー』を記すから、この後半の「とほいい」は口語的詠嘆表現を含みながら、その方言の表記化とも思われる。

「罩めた」「こめた」。

「バット」知られた安煙草ながら愛煙されている「ゴールデンバット」(Golden Bat)のこと。]

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