秋の消息 中原中也
秋 の 消 息
麻は朝、人の肌(はだえ)に追ひ縋(すが)り
雀らの、聲も硬うはなりました
煙突の、煙は風に亂れ散り
火山灰掘れば氷のある如く
けざやけき顥氣の底に靑空は
冷たく沈み、しみじみと
教會堂の石段に
日向ぼつこをしてあれば
陽光(ひかり)に𢌞(めぐ)る花々や
物陰に、すずろすだける蟲の音(ね)や
秋の日は、からだに暖か
手や足に、ひえびえとして
此の日頃、廣告氣球は新宿の
空に揚りて漂へり
[やぶちゃん注:「肌(はだえ)」の「え」はママ。歴史的仮名遣は「はだへ」が正しい。
「けざやけき」「けさやけき」の連濁。「さやけし」は「清けし・明けし」で「明るい・明るくて清々(すがすが)しい・清(きよ)い」の意。「け」は接頭語で、強意或いは「何となく」の意を添える。
「顥氣」「かうき(こうき)」と読む。天上の白く明らかな広大な気。
「教會堂」不詳。
「すずろすだける」「すずろ」は形容動詞の語感で副詞的に「むやみに・やたらに」の意。「すだく」は「集(すだ)く」で、虫が集まってにぎやかに鳴くの意。
「廣告氣球」アドバルーン。サイト「中原中也・全詩アーカイブ」の本詩篇の解説で合地舜介氏は、『三越百貨店あたりのイメージでしょうか。そうでなくとも角筈』(つのはず:東京都新宿区の旧地名。現在の新宿区西新宿・歌舞伎町及び新宿の一部。この附近(グーグル・マップ・データ))『あたりを歩いている詩人の姿が見えてきます』と記しておられる。]
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