諸國里人談卷之一 龍虵
○龍虵(りうじや)
出雲國秋鹿(あきかの)郡、佐陀社(さたのやしろ)は、さまざま、神事あり。十月十一日より十五日までの間に、沖より一尺ばかりの小蛇(こへび)一疋、浪にのりて磯に寄(よる)。この蛇、金(こがね)を以(もつて)彩色(さいしく[やぶちゃん注:ママ。])がごとく、甚〔はなはだ〕美〔うつく〕し。これを龍虵といふなり。神官、潔齊して汀(みぎは)に出〔いで〕て、その來れるを待(まち)、海藻(かいも)を手に受(うく)るに、龍虵、その藻のうへに曲(まが)り居(い[やぶちゃん注:ママ。])るを、則(すなはち)、神前に進(たてまつ)るなり。是、海神より佐陀社へ獻(たてまつ)るものなり。
祭神 伊弉諾(いさなき)・伊弉冉(いさなみ)の二神也。十月は陰神(ゐんしん)崩(ほう)じ給ふ月なれば、諸神、この社(やしろ)に集り給ふ。故(かるがゆへ[やぶちゃん注:ママ。])に當所にては神在(かみあり)月と云。
[やぶちゃん注:「伊弉冉」の「冉」は原典では「冊の最終画の上に横に一本「一」を入れた字体であるが、表記出来ないので、一般的な「冉」を用いた。
「出雲國秋鹿(あきかの)郡、佐陀社(さたのやしろ)」現在の島根県松江市鹿島町佐陀宮内(さだみやうち)にある出雲国二宮である佐太神社(さだじんじゃ)。ここ(グーグル・マップ・データ)。ウィキの「佐太神社」によれば、正殿に『佐太御子大神』(さだのみこおおかみ)、『伊弉諾尊、伊弉冉尊、速玉男命』(はやたまのおのかみ:伊奘諾尊が黄泉国に伊奘冉尊を訪れた際、例のごたごたの中で誓約のために吐いた唾(つば)から生まれた神とされる)『事解男命』(ことさかのおのみこと:同じくその吐いた唾を払った際に生まれた神とされる)の五柱を、他に七柱(後の引用を参照)を祀る。『秋鹿郡佐田大社之記に垂仁』五十四『年の創建で、養老元年』(七一七年)『に再建されたとある。『出雲国風土記』の記述からもとは神名火山(現:朝日山)のふもとに鎮座していたと考えられる』とあり、『現在の神社側の公式見解では、正殿の主祭神である佐太御子大神とは猿田彦神のことである』『としている。佐太大神は『出雲国風土記』に登場し、神魂命の子の枳佐加比売命を母とし、加賀の潜戸で生まれたという。現在では、神名の「サダ」について、猿田の本来の読みであるという説、狭田すなわち狭く細長い水田の意とする説、岬の意とする説、等のほか諸説がある』とあって、さらに本文に「さまざま、神事あり」とある通り、『祭礼は古来』、七十五『度あったと言われるが、近世にはすでに行われなくなったものもかなりあると見られている』と記す。平津豊氏のサイト「MYSTERY SPOT」の「佐太神社と万九千神社」に、『佐太神社は、出雲大社にひけをとらないほど広い境内と社殿を構えた神社で、三殿が並立しためずらしい造りとなっている。この神社に祭られている神は、中央の社に、佐太大神、伊弉諾尊、伊弉冉尊・事解男命、速玉之男命。右の社に、天照大神、瓊々杵尊。左の社に、素盞鳴尊、秘説四座。合わせて十二もの神々が祀られているとされている。これはいかにも豪華すぎる。また、異説も沢山あり近年整えられたものにすぎない。本来は、佐太大神のみが祀られていたと考えられている。この佐太大神とは何者か、については、「狭田国(サダノクニ)」の祖神であり、「サダ」とは島根半島を指すと考えられている。社の正式な由縁では、佐太大神は古事記に出てくる猿田毘古(サルタヒコ)であるとしているが、これは明治に松江藩から命じられ受け入れたことで、別神である。おそらく』、『佐太大神は、出雲の土着の神で、明治時代に天津神に関係する神でよく似た名前の神をあてがったものと考えられる』。『神有月の頃、海から尻尾に斑紋のある海蛇があがる。これを「龍蛇神」と呼び祀る習わしがある。一方、古事記には、海を照らして光り輝きながらわたってきた御諸の神、つまり三輪大神が大国主の国づくりを手伝ったとあり、この三輪の神は蛇に化身する神であることから、この風習と一致する』。『つまり、佐太の神も蛇にまつわる神である、大国主は大穴牟遅(オオナムチ)の別名を持っておりナムチは蛇を表わす。土着の神=国津神はこのように、蛇と深い関係をもって表現されることがある』とあり、また、Kami Masarky氏のブログの「【龍蛇神の紋章】 佐太神社」には、出雲の「神在月」には全国の神々が『竜宮の使いである「龍蛇神」に先導されて海から出雲の地に上陸』し、『この龍蛇神は実際には「セグロウミヘビ」』(爬虫綱有鱗目ヘビ亜目コブラ科セグロウミヘビ属セグロウミヘビ Pelamis platura:一属一種。有毒。全長六十~九十センチメートル。体重百~二百グラムと小型。ウィキの「セグロウミヘビ」によれば、『体形は側偏』し、『本種は他のウミヘビ亜科の種と同様、卵胎生を獲得して産卵のための上陸が不必要となった完全な海洋生活者であり、その遊泳生活に応じて、他のヘビでは地上を進むのに使用されている腹面の鱗(腹板)は完全に退化している。頭部は小型で細長い。前牙類のため上顎の前方に毒牙があるが、牙は比較的小さい』が、『神経毒で、毒牙が小さいため』、『一噛みあたりの注入量は少ないが、人を殺せるほど強力なもの』『で、非常に危険である。また、本種は肉にも毒があるので、食用にはならない』。『名前の由来は、背が黒いこと』に由来するが、『腹面は黄色もしくは淡褐色で、色味は個体により』、『黄色の強いものから』、『象牙色に近いものまでかなりの幅がある。体色は全身にわたってほぼ二色にくっきりと分かれているが、尾部のみは黄色や淡褐色地に黒色、もしくは黒色地に黄色あるいは淡褐色の斑点模様、または太い波型の縞模様になっている個体が多くみられる』とある。また『本種は日本の出雲地方では「龍蛇様」と呼ばれて敬われており、出雲大社や佐太神社、日御碕神社では旧暦』十『月に、海辺に打ち上げられた本種を神の使いとして奉納する神在祭という儀式がある。これは暖流に乗って回遊してきた本種が、ちょうど同時期に出雲地方の沖合に達することに由来する』ともある)のことであると述べられ、なぜ、この『「神迎え神事」を行うのかというと、この時期になると』、『日本海が荒れて、出雲の海岸にセグロウミヘビがよく打ち上げられるからで』あるとある。『このことから』、『出雲では昔からこのセグロウミヘビを神々を先導する「龍蛇神」として崇めてき』たのであり、『出雲の原初の信仰は「龍蛇神信仰」で』あったとされる。
「彩色(さいしく)」「いろどる」の意であろう。
「陰神(ゐんしん)」伊弉冉尊を指す。彼女の没したのが十月という根拠は不詳。]