栗本丹洲自筆巻子本「魚譜」 猩々鯛 (ホウライヒメジ)
猩々鯛 肥後熊本方言
以上メジナノ類ナルベシ
[やぶちゃん注:国立国会図書館デジタルコレクションのこちら(「魚譜」第一軸)の画像の上下左右をトリミングして用いた。左上のキャプションは虫食のために「メジナ」は判読不確定であるが、一応、それで採っておいた。しかし、この魚は色形、どうみても、スズキ目スズキ亜目イスズミ科メジナ亜科メジナ属メジナ Girella punctata ではあり得ないので、このキャプションは無効である。吻部下顎の先端付近から体後に伸びる二本の鬚(ひげ)からみて、
条鰭綱スズキ目スズキ亜目ヒメジ科Mullidae
の一種と考えられる。同科のヒメジ類は概ね、海底を這うように泳ぎ、この顎鬚は感覚器となっており、これで砂底を探りながら、そこ潜んでいる端脚類(甲殻亜門軟甲綱真軟甲亜綱フクロエビ上目端脚目 Amphipoda)やエビ類などの小型の甲殻類を捕食している。問題は強い紅色を呈していることで(それが「猩々鯛」の謂れと考えられる)、これは、
ヒメジ科アカヒメジ属アカヒメジ Mulloidichthys vanicolensis
ヒメジ科ウミヒゴイ属オキナヒメジ Parupeneus spilurus
ヒメジ科ウミヒゴイ属ホウライヒメジ Parupeneus ciliates
などが相当するものの、意想外であるが、ネット上の画像を見ると、和名のそれらしい、アカヒメジは、実はこのように全体が鮮紅色を示す個体は極めて殆んどいないようであり、同定のターゲットは魚体全体が鮮やかな紅色を呈する下の二種に限定出来ると思われる。この二種は非常によく似ており、関東ではウミヒゴイ属の総てを、その鬚から「オジサン」と呼称し、オキナヒメジとホウライヒメジを区別せずに流通させている(「ぼうずコンニャク」の「市場魚貝類図鑑」の「ホウライヒメジ」を参照した)。次に着目すべき点は、尾部のくびれの上部にある黒い斑紋で、「ぼうずコンニャク」の「市場魚貝類図鑑」の「オキナヒメジ」に拠れば、実にこの斑紋で二種が区別出来るとし、『オキナヒメジは斑紋が中心を走る測線の上まで、測線を超えない』のに対し、『ホウライヒメジは斑紋が測線を超え』て背部に達しているとある(リンク先の対照画像を参照)。本図の黒斑は明らかに背部まであることから、私は本図は、
ヒメジ科ウミヒゴイ属ホウライヒメジ Parupeneus ciliates
と同定するものである。なお、福井でキントキダイ(スズキ亜目キントキダイ科キントキダイ属キントキダイ Priacanthus macracanthus)の異名として「ショウジョウダイ」と呼ぶという記載がネット上にあったが、魚体がまるで違うので、本図はキントキダイではあり得ない。]