早春の風 中原中也
早 春 の 風
けふ一日(ひとひ)また金の風
大きい風には銀の鈴
けふ一日(ひとひ)また金の風
女王の冠さながらに
卓(たく)の前には腰を掛け
かびろき窓にむかひます
外(そと)吹く風は金の風
大きい風には銀の鈴
けふ一日(ひとひ)また金の風
枯草の音のかなしくて
煙は空に身をすさび
日影たのしく身を嫋(なよ)ぶ
鳶色の土かほるれば
物干竿は空に往き
登る坂道なごめども
靑き女(をみな)の顎(あぎと)かと
岡に梢のとげとげし
今日一日(ひとひ)また金の風……
[やぶちゃん注:サイト「中原中也・全詩アーカイブ」の本詩篇の解説によれば、原詩篇は昭和三(一九二八)年(二十一歳)の創作と推定されているとある。しかし、初出は『帝都大學新聞』(『東京大学新聞』の前身)の昭和一〇(一九三五)年五月十三日号とあるから、実に八年もの間、熟成させたということになる。なお、そこには、『帝都大学新聞へ、この作品を送ったとき』、担当の『学生が、もう時季が早春ではないから何とか変えてくれ、と、タイトルの変更を申し入れてきたことにふれ、後に詩人は、「帝都大学新聞が詩を浴衣の売出しかなんかのように心得ているとはけしからん。文化の程度が低いのである」と、メモを残したエピソードが伝わってい』る、とある。
第二連「冠」は韻律から見て私は「くわん(かん)」と音読みしていると思う。
第三連「嫋(なよ)ぶ」しなやかに、なよなよとしていて、もの柔らかな動きをする。]