毛利梅園「梅園介譜」 蛤蚌類 石蜐(カメノテ) / カメノテ
[やぶちゃん注:底本の国立国会図書館デジタルコレクションのここからトリミングした。右の下方の一部をマスキングした。なお、この見開きの丁は、右下に、『町医和田氏藏』『數品』(すひん)、『九月廿二日、眞写』す、という記載がある。和田氏は不詳だが、ここで町医師であることが判明する。前の二丁のクレジットの翌日であり、その和田某のコレクションを連日写生したことが判る。従ってこれは、天保五年のその日で、グレゴリオ暦一八三四年五月十二日と考えよい。]
「多識扁」、
石蜐〔「ホヤ」・「カメノテ」・「ワシノ爪」・「シイ」(筑紫。)〕
亀脚 紫𧉧
紫※(シカウ) 又 石脚
[やぶちゃん注:「※」=(旧くさかんむり)+({「帥」-「巾」-((へん)の一画目を除去)}を左右に配し、間に「昔」。]
「興化府志」、
『石𧉧。一名、亀脚。一名、佛爪。一名、仙人掌。』。
「ヲニノテ」〔佐州。〕。 「セイ」〔俗。〕。
「ジユシ貝」〔同。〕。
此物、裏表とも、此くのごとくにして、蛤のごとく、口を結ぶ。開けば、中に肉あり。頭は、さながら、「亀」の「て」のごとし。貝、うすし。「大和本草」に詳(つまびら)かに説くがごとし。
[やぶちゃん注:さても私の大好きな、
節足動物門甲殻亜門顎脚綱鞘甲亜綱蔓脚下(フジツボ)綱下綱完胸上目有柄目ミョウガガイ亜目ミョウガガイ科カメノテ Capitulum mitella
である(一属一種)。謂わずもがなであるが、フジツボと極めて近縁で、荒っぽい言い方をすれば、広義のエビの仲間であって、「貝」ではない。私は既に、このキャプションにも出る貝原益軒の「大和本草」の「卷之十四 水蟲 介類 石蜐」(カメノテ)及び『栗本丹洲自筆「蛸水月烏賊類図巻」カメノテ』を電子化注しているので、カメノテの詳細はそれらを見て貰うとして贅言は附さない。
「多識扁」林羅山道春が書いた辞書「多識編」。慶安二(一六四九)年の刊本があり、それが早稲田大学図書館「古典総合データベース」にあったので、調べたところ、「卷四」のこちらに「石蜐」の項があり、そこに(推定訓読した)、
*
石蜐 或るの說に云はく、『「保(ボ)」なり。』と。【異名】亀脚(キキヤク)〔俗名。〕。
*
とあった。遅れたが、「石蜐」は、音ならば「セキコフ(セキコウ)」又は「セキケフ(セキキョウ)」と読む。「蜐」は単漢字でもカメノテを指す。
「ホヤ」全くの別種で高等生物である脊索動物門尾索動物亜門ホヤ綱 Ascidiacea のホヤと同名であるが、これは恐らく、岩礁への着底生活をすること、鱗状の頭状部の左右相称に並ぶ大小の貝殻のように非常に硬い殻板(かくばん)や、柄部表面のやはり硬質の鱗片から、或いはホヤの仲間とか、子どもとか思ったものかも知れない(私はその錯誤は案外に腑に落ちる)。益軒は前掲書で、『石蜐(カメノテ) 「本草」、介類にのせたり。又、龜脚と云ふ。和名、「カメノテ」と云ふ』とし、はっきりと『「ホヤ」と訓ずるは、あやまれり』と退けているにも拘わらず、梅園がかく記すのは、本草家としての、益軒とのある距離感(或いは自身の博物学的矜持)が感じられて、面白い。
「ワシノ爪」「鷲の爪(つめ)」。
「シイ」私は本種の異名として広汎に見られる「セイ」「セイガイ」の転訛であろうと思うのだが、「大和本草」で益軒は岩の隙間に『垂れて移り動かず。果(くわ)の木に付けるがごとし』とし、しかも『椎の實のたれたるにも似たり。故に、「シイ」と云ふ』としている。これは筑紫の地方名とし、益軒は福岡藩であるから、この説は無視出来ない証言ではある。なお、「セイ」は「勢」で男根の古称である。この性的な異名も私にはすこぶる腑に落ちるものである。
「紫𧉧」「𧉧」は音「キョ・コ・キョウ・コウ」(現代仮名遣)。単漢字ではまず使用しない。「𧉧蚥(きょふ)」はカマキリ或いはヒキガエルを意味し、「石𧉧」(せっきょう)」で本種カメノテを指す。尖った殻板から、蟷螂の斧を連想したか。
「紫※」(「※」=(旧くさかんむり)+({「帥」-「巾」-((へん)の一画目を除去)}を左右に配し、間に「昔」)「※」の字は意味不詳。江淹(こうえん:中国南北朝時代の文人)の「石蜐賦序」にはカメノテを一名「紫𧄤」とする。何となく、似ているが、この字も単漢字では意味不明である。
「興化府志」明の呂一静らによって撰せられた福建省の興化府地方の地誌。台湾の対岸広域。この辺り(グーグル・マップ・データ)。
「ヲニノテ」「鬼の手」。
「佐州」佐渡国。佐渡では現在も一部地域で本種を食すのは普通。私は特異的に四度も佐渡に行ったが、残念ながら、出逢えていない。二度行ったイタリアでもポップコーン見たようにして食べると聴いていたから、かなり執拗に探したのだが、やはりお目にかかれなかった。私が最初の食べたのは下田でであった。妻と、亡き女友達と、三人で食べた忘れられぬ記憶である。
「セイ」前に注した「勢」。
「ジユシ貝」不詳。「手指貝」(じゅしがい)か、或いは、先の「大和本草」に出る木の実のミミクリーで「種子貝」(じゅしがい)か。後者っぽい。当初、直感的に形状のミミクリーから、ミカン属シトロン変種ブッシュカン(仏手柑)Citrus medica var. sarcodactylis をミミクリーしたものを想起したもの、ゴロが合わなくて退けた。
「蛤」ハマグリではなく、広義の二枚貝のことを指しており、されば「がふ(ごう)」と読んでおくのが適切であろう。
『「大和本草」に詳(つまびら)かに説く』私の「大和本草卷之十四 水蟲 介類 石蜐(カメノテ)」を参照。「大和本草諸品圖下 潮吹貝(シホフキガヒ)・彌勒貝・コブシガニ・石𧉧(カメノテ/シイ) (オニアサリ・イソシジミ或いはウスレイソシジミ・コブシガニ・カメノテ)」にしょぼい図も載る。但し、図なら、『栗本丹洲自筆「蛸水月烏賊類図巻」 カメノテ』の方が遙かによい。]
« 大和本草卷之八 草之四 紫菜(アマノリ) (現在の板海苔原材料のノリ類) 附・川苔(カハノリ) (カワノリ) | トップページ | 御伽百物語卷之六 福びきの糸 / 御伽百物語全電子化注~完遂 »