大和本草卷之八 草之四 昆布 (コンブ類)
昆布 奥州松前エゾナトノ海中有之石ニツキテ生ス長
數丈水上ニ浮フ是ヲ以家ヲフク傳ヘテ若狹ニイタリ市
人コシラヘウル若狹昆布ト云名産トス若狹ノ海ニハ生
セス京都ノ市ニ昆布ヲ刻ミウル者多シ細麤アリ細ク切
ル事金絲烟ノコトクナルアリ凡昆布ヲ煮ルハ銅鍋ヨシ
鐡ナヘヲ用ユヘカラス楊梅瘡ヲ患ル者昆布ヲ食スレハ
面ニ瘡生セスト云
○やぶちゃんの書き下し文
「昆布」 奥州松前・エゾなどの海中に之れ有り。石につきて生ず。長さ、數丈。水上に浮かぶ。是れを以つて、家を、ふく。傳へて、若狹にいたり、市人〔(いちびと)〕、こしらへ、うる。「若狹昆布」と云ひ、名産とす〔るも〕、若狹の海には生ぜず。京都の市に昆布を刻み、うる者、多し。細麤〔(さいそ)〕あり。細く切る事、金絲烟(きざみたばこ)のごとくなるあり。凡そ、昆布を煮るは、銅鍋、よし。鐡なべを用ゆべからず。『楊梅瘡〔(ようばいさう)〕を患へる者、昆布を食ずれば、面〔(つら)〕に、瘡〔(かさ)〕生ぜず』と云ふ。
[やぶちゃん注:「昆布」は不等毛植物門褐藻綱コンブ目コンブ科 Laminariaceae に属する多数のコンブ類の総称である。ウィキの「コンブ」を見ると、我々が、普段、食する馴染みのコンブ類は以下を記載する。
マコンブ(真昆布) Saccharina japonica
オニコンブ(羅臼昆布) Saccharina diabolica var. diabolica
リシリコンブ(利尻昆布) Saccharina ochotensis var. ochotensis
ホソメコンブ(細目昆布) Saccharina religiosa var. religiosa
ミツイシコンブ(三石昆布=日高昆布) Saccharina angustata
ナガコンブ(長昆布=浜中昆布) Saccharina longissima
ガッガラコンブ(厚葉昆布)Saccharina coriacea
ネコアシコンブ(猫足昆布) Arthrothamnus bifidus
ガゴメコンブ(籠目昆布) Saccharina sculpera(シノニム:Saccharina crassifolia・Kjellmaniella crassifolia)
ところが、別なコンブの学術論文をみると、これら上記の馴染みのコンブ類の学名を、総て Laminaria とするものを見出す(例えば、川井唯史・四ツ倉典滋氏の共同論文「北海道産コンブ属植物の系統分類の現状―リシリコンブを中心に―」(PDF・二〇〇五年三月発行『利尻研究』所収)では、マコンブは Laminaria japonica と記載する)。ウィキもよく見ると、以上には概ね「コンブ属」という和名を併記してあり、この辺の分類は確定していないことが分かる。なおこの属名 Saccharina(サッカリナ)はサッカリン(saccharin:但し、これは完全な化学合成による人工甘味料の一つ)と同じで、「砂糖」の意のラテン語“saccharum”由来で、コンブのグルタミンの持つ甘みに由来するものであろうかと思われる。
「數丈」一丈は三・〇三メートル。私の「數」の感覚での一般的不定値は六掛けであるので十八・一八メートルであるが、上記の本邦産コンブ類の中で藻体が最大になるのは、名にし負う「ナガコンブ」で、標準は五メートル程度であるが、最大個体では二十メートルを超すものもあるので、これは誇張とは言えない。世界的には実に五十メートル以上にもなる英名の「ジャイアント・ケルプ」(Giant Kelp)で知られた、コンブ科オオウキモ(大浮藻)属オオウキモ Macrocsytis pyrifera が、コンブ科どころか、既知の藻類の中では最大種とされるが、これはアラスカ半島からカリフォルニア湾にかけての北東太平洋や南半球の高緯度地域に植生するもので、本邦の海域では見られないし、ジャイアント・ケルプそれ自体は近年まで食用に供されることはなかった(恐らく硬い)が、アメリカを中心に同種に含まれる食物繊維の一種アルギン酸(Alginic acid:褐藻類などに含まれる多糖類)がサプリメントなどの材料として持て囃されるようになって乱獲が始まり、沿岸海域の埋立てや水質汚染・海水温上昇などと相俟ってアメリカ沿岸のオオウキモは激減している(ここは主にウィキの「オオウキモ」に拠った)。なお、嘗ての私は、常時、五種類以上のコンブを用意し、それをそのまましゃぶるのを至福としていた昆布フリークである。今も三種はある。
「是れを以つて、家を、ふく」いろいろ調べて見たが、奥州北端や旧蝦夷地で屋根を葺くために昆布を用いていた事例を探し得なかったが、十分にあり得ることと思う。コンブではなく海産顕花性植物の海草であるが、王嶺・坪郷英彦共著になる論文「中国山東省膠東地域海草屋の技術文化研究」(PDFでダウン・ロード可能)によれば、山東省沿岸地域(膠東(こうとう)。ここ(グーグル・マップ・データ))では民家の屋根に海草類である、被子植物門単子葉植物綱オモダカ亜綱イバラモ目アマモ科アマモ属アマモ Zostera marina(九州から北海道の内湾に植生)・スゲアマモ Zostera caespitosa(同じく北海道・本州北部及び中部)・エビアマモ Phyllospadix japonicus(本州中部・西部)などを用いて屋根を葺いているからである。同論文によれば、『海草屋は冬は暖かく、夏に涼しいという特徴』があり、それらが含む海水の「にがり」成分の効果で、『海草と黄泥で固めてある屋根は』百『年たっても腐乱せず、耐久性にも優れている』上、『海草は燃えにくいので、火事にも強いという』利点から、『威海市では、元・明・清時代には海草屋が最も盛んに作られたとされ』、一九四九年(昭和二十四年相当)『以前は、山東省沿岸部の青島地区、煙台地区、威海地区の農村と漁村の主な住宅の屋根形式であった』(各地域は先のグーグル・マップ・データを拡大すると、山東半島の主要地区にあることが判る)とあるからである。また、「人民網日本語版」の『世にも珍しい中国の「海藻の家」を訪ねて 山東省』でも、現在も立派な住居として実際にそれが使われていることが写真で判る。そこには、『海藻の家は主に山東半島東端にある栄成沿岸一帯の漁村に点在しており、強い地域特性を備えた珍しい中国の伝統家屋である。海藻の家は天然石の塊で壁を築き、近海で生育した海藻で屋根をふいている。また、雨風を凌ぐことができるほか、保温、断熱、防腐、防虫に優れ』、百『年の間、耐久可能だ。今や、栄成市で現存している海藻の家の数は限られており、中でも最古の家は数百年の歴史を持ち、すでに修復保存作業を開始している』。『大勢の村民はボロボロになった海藻の家の修繕にとりかかり、古い家にエアコンなどの電化製品を装備したり、また古い家の部屋にカラオケなどの娯楽設備を設置したりしている』。『観光客は海藻の家の床暖房の上で眠ったり』して、『山東半島東部の小さな漁村で』、『独特な冬の風情を堪能することができる』(中国新聞網伝)とあるのである。昆布もまた然りであろう! 素敵な海草屋の写真が必見! 行って見たくなった!
「若狹昆布」若狭国小浜(おばま)で加工された昆布。小浜は中世以来、近世には北廻り回船による、北海道の宇須岸(うすけし:現在の函館)との間の商船の往来があり、北海道産の「宇賀昆布」(宇賀は室町時代の函館の外海の汐首岬周辺の古称)「蝦夷昆布」がここに運ばれ、小浜で加工されて「若狭昆布」の名で全国に販売された。
「京都の市に昆布を刻み、うる者、多し」所持する宮下章氏の「ものと人間の文化史 11・海藻」によれば、『コンブの需要は、室町末期までは普遍的ではなく、京の都とその周辺に集中していた。その後』、『大坂、堺の町が発展すると、広く近畿地方一帯に拡がってい』き、『京は消費地であると同時に集散地として』、室町時代からコンブを取扱品目としていたという』松前屋などの『コンブ商や加工業者が多く現われる』ことになったのである、とある。
「細麤〔(さいそ)〕」「麤」は「肌理(きめ)が粗い」ことを意味する。
「金絲烟(きざみたばこ)」刻み煙草(莨:たばこ)。
「昆布を煮るは、銅鍋、よし。鐡なべを用ゆべからず」それぞれのイオンに関係するもので、鉄イオンは昆布の成分とは反応せずに発色をしないらしく、実際、昆布を銅鍋で煮ると、色良く仕上がると、現在の昆布製造者の記載にもある。
「楊梅瘡〔(ようばいさう)〕」梅毒の古名。]
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