栗本丹洲自筆巻子本「魚譜」 ハナシマタイ
ハナシマタイ
[やぶちゃん注:国立国会図書館デジタルコレクションのこちら(「魚譜」第一軸)の画像の上下左右をトリミングして用いた。本図の魚体の高さは巻子の縦幅の三分の一ほどしかなく、貼り交ぜ帖のように、上部貼り付けで、中間は貼り付け台紙の地(本図左上部の紙の欠損で出ているのがそれ)が現われてしまっている。則ち、前の二種のような大きさでは描かれていない。
さて。困った。まず、「ハナシマタイ」(ハナシマダイ)という和名の魚はいない。「花縞鯛」か? しかし何となく、見たことがあるような、釣ったことがあるような魚だが、にも拘わらず、ピンとくるものがいないのだ。それでも、釣ったことがあるという微かな認識を私は一番大事にしたい気はした。その観点から見てみると、背鰭・尻鰭・尾鰭(やや赤い色を帯びている)の形状と体側の鱗が細かくて滑らかな感じ、さらに上部と腹部辺りの紅色の斑点、さらに一番気になるのは頭部の複雑な形状である。黒い枝状のそれや眼下の部分は立体的な内部構造の表出したもののように見えるが、しかし、これらは実は複雑な模様なのではないかと推定できるよう思われる。そして「ふん!」とした特徴的な尖った口吻である。これらから、私は、
条鰭綱スズキ目ベラ亜目ベラ科
Labridae の広義のベラの仲間
であろうと思った。因みに、私は中・高校生の頃、住んでいた富山県で、よく、華やかな色彩は婦人然としつつ、どことなく冷たいツンとした面つきの、ベラ科カンムリベラ亜科キュウセン属キュウセン Parajulis poecilopterus を釣り上げたものだった(関東では好まれないが派手な色の割には結構、美味い魚である)。本図は色彩から本種ではないが、その記憶が蘇って、魚体は私はかなり近いように思ったのであった。もっと限定したいところだが、これでやめておく。ベラ科は世界で四亜科六十属五百種ほどがおり、本邦でも四亜科百二十六種が知られている。所持する、ある魚類図鑑(本邦産種中心だが、南方性の外国産の魚も一部に含む)は全体の九分の一がベラ科であり、同一種でも色彩や縞や紋に変異が多いから、とても私の手には負えぬからであり、また、あまり言いたくないが、冒頭注で示した磯野直秀先生の解題にもある通り、丹州は他の図からの転写が思った以上に多く、本巻子本魚譜の有意な数の図が他の人物が描いた魚図の転写であることが判っており、特に転写の場合、有意に正確でないからである。則ち、ここに描かれた実際の魚の実体は或いは意想外に異なるものであるかも知れぬからである。そこで翻って、聴いたことがない「ハナシマダイ」だ。――「花」(華やかな)「縞」(模様を持った)「鯛」のような魚――これはベラやキュウセンに私は相応しいとも思うのである。]