大和本草卷之十四 水蟲 介類 チシヤコ(キサゴ)
【和品】
チシヤコ 小螺ナリ殻薄シ赤白ノ紋アリ海ニアリ形扁
シ蝸牛ノ狀ニ似テ小ナリ殻ニ斑文アリ有紅有白小兒
其カラヲツラヌキアツメテ玩トス
○やぶちゃんの書き下し文
「チシヤゴ」 小〔さき〕螺〔(にな)〕なり。殻、薄し。赤・白の紋あり、海にあり。形、扁(ひら〔た〕)し。蝸牛の狀〔(かたち)〕に似て、小なり。殻に斑文あり。紅〔(くれなゐ)〕有り、白有り。小兒、其のからをつらぬきあつめて、玩〔(ぐわん)〕とす。
[やぶちゃん注:これは、殻上面に赤色・褐色・暗褐色・黄色などのバラエティに富んだ色を有する個体が有意に多い、
腹足綱前鰓亜綱古腹足目ニシキウズガイ上科ニシキウズガイ科キサゴ亜科キサゴ属キサゴ Umbonium costatum
或いは、
キサゴ属イボキサゴ Umbonium moniliferum
や、上記種などよりも青灰色・藍がかった黒色の斑紋に白い部分が有意に多く認められる、
サラサキサゴ属ダンベイキサゴ Umbonium giganteum
が挙げられる。しかし、広義の
キサゴ亜科Umboniinae
のキサゴ類も含むと考えねばならない。例えば、キサゴ亜科 Monilea 属ヘソワゴマ Monilea belcheri であるとか、キサゴ亜科Ethalia 属キサゴモドキ Ethalia guamensis などは非常によく似ていて、一緒に並べたら、素人には全く区別がつかないと思われる。但し、キサゴ類は他にも「シタダミ」「ゼゼガイ」などの異名が多いが、その分だけ、上記以外の、巻き方に扁平性が有意にあり、同一域に棲息する似たような他種も多いことから、それらをも広く包含して称して(いた)いる可能性は現在でも非常に高いので、これらだけに限定するのは考えものではある。
なお、「チシャゴ」は「小さき子(かひ)」の意ととるよりは、「キサゴ」の転訛とするのが良いと思うし、通汎の「きさ」とは古語に「橒(きさ)」があり、これは「樹の木目(もくめ)」の意であるから、これらの貝類の表面の模様から見ても、それが語源の可能性が高いように私には思われる。ダンベイキサゴ(本集中部以南に分布)の成貝は殻幅四・五センチメートルを越える個体も珍しくない、日本産キサゴ類の最大種であるが、漢字では「団平喜佐古」と書き、この「団平(團平)」は、昔、荷を運んんだ頑丈な川船を指す名であるから、腑に落ちる。キサゴ類は、古く(縄文時代)から食用とされ、また、その殻が子どもの「おはじき」の原材料とされたことでも知られるが、特に私の住む三浦・湘南や関東地区では「シタダミ」という呼称は、明らかに現在も普通に食用とするダンベイキサゴを専ら指す。
吉良図鑑(教育社昭和三四(一九五九)年改訂版)では、キサゴとイボキサゴ(本集中部以南に分布)の殻形状上の明瞭な判別法はないとしつつ、吉良先生の永年の観察記録から、①キサゴは三・五センチメートル以上に大きくなるが、イボキサゴは二センチメートル以下が通常個体である。②キサゴは棲息深度がやや深く外洋性であるのに対し、イボキサゴは甚だ浅く、内湾性である(ということは、死貝のビーチ・コーミングは別としても、我々が海浜域で見かける生貝は多くがイボキサゴであるということになる)。③キサゴは臍の領域が狭いのに対して、イボキサゴはキサゴの約二倍と広い。④キサゴは『その色斑紋が殆ど一定して単に濃淡』の差がある』『のみである』のに対し、『イボキサゴは斑紋』に『多くの変化』『があり、且つ、『地色も赤褐色』から『藍黒色まで雑多である』という違いがあると推定される、と記しておられる。]