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2018/05/23

秋日狂亂   中原中也

 

    秋 日 狂 亂

 

僕にはもはや何もないのだ

僕は空手空拳だ

おまけにそれを嘆きもしない

僕はいよいよの無一物だ

 

それにしても今日は好いお天氣で

さつきから澤山の飛行機が飛んでゐる

――歐羅巴は戰爭を起すのか起さないのか

誰がそんなこと分るものか

 

今日はほんとに好いお天氣で

空の靑も淚にうるんでゐる

ポプラがヒラヒラヒラヒラしてゐて

子供等は先刻昇天した

 

もはや地上には日向ぼつこをしてゐる

月給取の妻君とデーデー屋さん以外にゐない

デーデー屋さんの叩く鼓の音が

明るい廢墟を唯獨りで讃美し𢌞つてゐる

 

あゝ、誰か來て僕を助けて呉れ

ヂォゲネスの頃には小鳥くらゐ啼いたらうが

けふびは雀も啼いてはをらぬ

地上に落ちた物影でさへ、はや余りに淡(あは)い!

 

――さるにても田舍のお孃さんは何處に去(い)つたか

その紫の押花(おしばな)はもうにじまないのか

草の上には陽は照らぬのか

昇天の幻想だにもはやないのか?

 

僕は何を云つてゐるのか

如何なる錯亂に掠められてゐるのか

蝶々はどつちへとんでいつたか

今は春でなくて、秋であつたか

 

ではあゝ、濃いシロップでも飮まう

冷たくして、太いストローで飮まう

とろとろと、脇見もしないで飮まう

何にも、何にも、求めまい!……

 

[やぶちゃん注:「歐羅巴は戰爭を起すのか起さないのか」サイト「中原中也・全詩アーカイブ」の本詩篇の解説では、本詩篇の創作時期は昭和一〇(一九三五)年十月とする。第二次世界大戦は一九三九年九月一日のナチス・ドイツのポーランド侵攻が始まりとされるが、まさにドイツはこの一九三五年に再軍備宣言を行って、強大な軍備を整え始めていた。因みに、日中戦争の勃発の一つの起点とされる一九三七年七月七日の盧溝橋事件は中也の亡くなる三ヶ月前の出来事であった。

「デーデー屋」下駄や雪駄などの履物を修理して町廻りをした商売屋。三谷一馬氏の「江戸商売図絵」(一九九五年中央公論社(中公文庫)刊)によれば、『江戸の雪駄直しは「デイデイ」といって来ました。手を入れよという意味だといいます。肩から籠をかけて笠を被り、笠の下には更に頰かむりをしていました。雪駄を直す時は家には入らず、土間で作業したそうです』とある。

「ヂォゲネス」ディオゲネス(ラテン文字転写:Diogenēs 紀元前四〇四頃~紀元前三二三頃)は古代ギリシャの哲学者で犬儒学者(Cynici:キュニコス派。皮肉派とも呼ぶ。ソクラテスの弟子アンティステネスの創唱した古代ギリシア哲学の一派で、社会規範を蔑視し、自然に与えられたものだけで満足して生きる〈犬のような〉(ギリシア語で「キュニコス」(kynikos))人生を理想とした。英語のシニシズム cynicism はこれに由来する。無欲・無所有こそ幸福の要件であると考え、ストア学派の先駆となった。理論より実践に徹した。ここは平凡社「世界大百科事典」に拠った)チャンピオン。世俗の権威を否定し、自然で簡易な生活の実践に努め、樽を住居としたことから「樽の中のディオゲネス」と呼ばれた。アレクサンドロス大王との問答は有名で、日光浴中のディオゲネスにアレクサンドロス大王が、「望みはないか」と訊ねたところ、「そこに立たれると、日陰になるのでどいて欲しい」と答えたという。以上は小学館「大辞泉」に拠ったが、この最後に記したエピソードを本詩篇はパロディ化しているものと読める。

「掠められて」「かすめられて」。]

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