除夜の鐘 中原中也
除 夜 の 鐘
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千萬年も、古びた夜(よる)の空氣を顫はし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
それは寺院の森の霧つた空……
そのあたりで鳴つて、そしてそこから響いて來る。
それは寺院の森の霧つた空……
その時子供は父母の膝下で蕎麥を食うべ、
その時銀座はいつぱいの人出、淺草もいつぱいの人出、
その時子供は父母の膝下で蕎麥を食うべ。
その時銀座はいつぱいの人出、淺草もいつぱいの人出。
その時囚人は、どんな心持だらう、どんな心持だらう、
その時銀座はいつぱいの人出、淺草もいつぱいの人出。
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
千萬年も、古びた夜(よる)の空氣を顫はし、
除夜の鐘は暗い遠いい空で鳴る。
[やぶちゃん注:「顫はし」「ふるはし(ふるわし)」。
「遠いい」「靑い瞳」で注した通り、中国地方での「遠い」の方言である。
「霧つた」「きらつた(きらった)」。「霧らふ」は上代の連語(動詞「霧(き)る」の未然形に+復継続の助動詞「ふ」)。霧・霞が一面に立ち籠(こ)める。
「食うべ」「たうぶ(とうぶ)」。「賜(と)うぶ」と同語源の、上代からあるバ下二段活用の動詞。「食ふ」「食ぶ」に同じい。ここは韻律上の感覚的選択であって、わざわざ「いただく」という謙譲表現で採る必要はない。]