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« 村の時計   中原中也 | トップページ | 冬の長門峽   中原中也 »

2018/05/25

或る男の肖像   中原中也   附初出形「或る夜の幻想」推定復元

 

    或る男の肖像



         
1

 

洋行歸りのその洒落者は、

齡(とし)をとつても髮に綠の油をつけてた。

 

夜每喫茶店にあらはれて、

其處の主人と話してゐる樣(さま)はあはれげであつた。

 

死んだと聞いてはいつさうあはれであつた。


        
 2

 

              ――幻滅は鋼(はがね)のいろ。

 

髮毛の艷(つや)と、ラムプの金との夕まぐれ

庭に向つて、開け放たれた口から、

彼は外に出て行つた。

 

剃りたての、頸條(うなじ)も手頸(てくび)も

どこもかしこもそはそはと、

寒かつた。

 

開け放たれた口から

悔恨は、風と一緖に容赦なく

吹込んでゐた。

 

讀書も、しむみりした戀も、

あたたかいお茶も黃昏(たそがれ)の空とともに

風とともにもう其處にはなかつた。


        
3

 

彼女は

壁の中へ這入つてしまつた。

それで彼は獨り、

部屋で卓子(テーブル)を拭いてゐた。

 

[やぶちゃん注:「――幻滅は鋼(はがね)のいろ。」は原典では、ややポイントが落ちてるだけで、こんなに小さくはないが、ブログ・ブラウザでの不具合を考えて有意に小さくした。開始位置は再現してある。前の私の「村の時計」の注で述べたが、サイト「中原中也・全詩アーカイブ」の本詩篇の解説、及び同サイトの前の「村の時計」、及び、同サイトの上にあるコンテンツの中の「生前発表詩篇」の中に配されてある「或る夜の幻想(1・3)」の合地舜介氏の解説によって、

本詩篇と前の「村の時計」の初出は『四季』の昭和一二(一九三七)年三月号(同年二月二十日附発行)

であるが、そこでは

「或る夜の幻想」という長い詩の一部

であった。ところが、本詩集「在りし日の歌」では、中原中也自身によって、それが

分割・取捨されて「村の時計」と本「或る男の肖像」となった

とある。因みに、この原型である

「或る夜の幻想」の創作自体は昭和八(一九三三)年十月十日

と記されてある。そして、合地氏によると、

元の「或る夜の幻想」は全六節

から成るもので、

第一節が「彼女の部屋」、第二節が先の「村の時計」、第三節が「彼女」、第四・五・六節が本篇「或る男の肖像」

という構成であったとある。そこで、以下にその初出原型を推定で再現してみたい。但し、原発表形を私は現在、視認することが出来ないので、合地氏の解説に従い、また、新潮社版に所収する「或る夜の幻想」(初出後にカットした二パートが載る。読みはそれに従った)を基礎底本としつつ(サイト「中原中也・全詩アーカイブ」の「或る夜の幻想(1・3)」の電子データを加工用に使用させて戴いた)、恣意的に漢字を正字化して示すこととする。パート数字の位置は本詩集の位置を使用した。但し、現在の「彼女の部屋」「村の時計」「彼女」「或る男の肖像」という標題は恐らくは初出ではなかったのではないかと思われるので、除去しておいた。万一、あるとならば、お教えれば追加補正する(その場合、「或る男の肖像」がどこにどう表記されているかを正確にお教え戴きたい)。

   *

 

    或る夜の幻想

  1

 

彼女には

美しい洋服簞笥(だんす)があった

その箪笥は

かわたれどきの色をしていた

 

彼女には

書物や

其の他色々のものもあった

が、どれもその簞笥に比べては美しくもなかったので

彼女の部屋には簞笥だけがあった

 

  それで洋服簞笥の中は

  本でいつぱいだつた


     
2

 

村の大きな時計は、

ひねもす動いてゐた

 

その字板のペンキは、

もう艷が消えてゐた

 

近寄つてみると、

小さなひびが澤山にあるのだつた

 

それで夕陽が當つてさへが、

おとなしい色をしてゐた

 

時を打つ前には、

ぜいぜいと鳴つた

 

字板が鳴るのか中の機械が鳴るのか

僕にも誰にも分らなかつた


     
3

 

野原の一隅(ぐう)には杉林があつた。

なかの一本がわけても聳(そび)えてゐた。

 

或る日彼女はそれにのぼつた。

下りて來るのは大変なことだつた。

 

それでも彼女は、媚態(びたい)を棄てなかつた。

一つ一つの舉動は、まことみごとなうねりであつた。

 

夢の中で、彼女の臍(へそ)は、

背中にあつた。


     
4

 

洋行歸りのその洒落者は、

齡(とし)をとつても髮に綠の油をつけてた。

 

夜每喫茶店にあらはれて、

其處の主人と話してゐる樣(さま)はあはれげであつた。

 

死んだと聞いてはいつさうあはれであつた。



        
5

              ――幻滅は鋼(はがね)のいろ。

 

髮毛の艷(つや)と、ラムプの金との夕まぐれ

庭に向つて、開け放たれた口から、

彼は外に出て行つた。

 

剃りたての、頸條(うなじ)も手頸(てくび)も

どこもかしこもそはそはと、

寒かつた。

 

開け放たれた口から

悔恨は、風と一緖に容赦なく

吹込んでゐた。

 

讀書も、しむみりした戀も、

あたたかいお茶も黃昏(たそがれ)の空とともに

風とともにもう其處にはなかつた。


     
 6

 

彼女は

壁の中へ這入つてしまつた。

それで彼は獨り、

部屋で卓子(テーブル)を拭いてゐた。

 

   *]

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