あばずれ女の亭主が歌つた 中原中也
あばずれ女の亭主が歌つた
おまへはおれを愛してる、一度とて
おれを憎んだためしはない。
おれもおまへを愛してる。前世から
さだまつていることのやう。
そして二人の魂は、不識(しらず)に温和に愛し合ふ
もう長年の習慣だ。
それなのにまた二人には、
ひどく浮氣な心があつて、
いちばん自然な愛の氣持を、
時にうるさく思ふのだ。
佳い香水のかほりより、
病院の、あはい匂ひに慕ひよる。
そこでいちばん親しい二人が、
時にいちばん憎みあふ。
そしてあとでは得態の知れない
悔の氣持に浸るのだ。
あゝ、二人には浮氣があつて、
それが眞實(ほんと)を見えなくしちまふ。
佳い香水のかほりより、
病院の、あはい匂ひに慕ひよる。
[やぶちゃん注:本篇は昭和一一(一九三六)年十一月発行の『歷程』初出(角川文庫「中原中也詩集」(河上徹太郎編)の年譜に拠る)。やはりこれも長男文也の急逝以前に書かれたものということになる。]